以前から「お客様は神様だという日本特有の考えが世の中をダメにしている。客は神様じゃないから店も給料分の働きをして客を甘やかすな」というネット言説がずいぶん多い。
違和感がある。

Coast watch (1979) (20036101594)
日本の顧客はそんなに世の中を害するほどわがままに振れているのだろうか。
で、日本の店はそんなにわがままな客によって疲弊しているだろうか。

この問題は

 1.日本の店舗は必要十分なサービスを提供しているか
 2.顧客は有意な傾向としてわがままであるかどうか
 3.会社では上司にペコペコしているのに居酒屋ではバイト店員に横柄に当たる、という悲しい性格の人は反省した方がいい

などという複数の問題が混ざっているように思われる。

3はとりあえずもっともだから、該当する人は直した方がいいが、特に今の日本に顕著な傾向というわけではないのではないか。
まあ人にはやさしくしようよという当たり前の話だ。

問題は1、2である。
こういう「日本の税金は高いからもっと安くした方がいい」、「日本の冷房は効きすぎだからもっとゆるめた方がいい」みたいな議論は、程度問題であって、なかなか議論が難しい。
まず、ほんとにそういう困った事態が全国で頻発しているのか、正確なところを知りたい。

ぼくは、自分でブログを読み返してみると、かなりクレーマー体質である。
メーカーやショップ、サービサーに文句ばっかり言っている。
さいきんは引っ越しに際して、インターネットプロバイダーに怒りを爆発させた。

ところが、同じ引っ越しに対するブログを読み返して見ると、プロパンガスの業者やリンナイの人とはずいぶん打ち解けて、盛り上がっているのである。
つまり、自分は3には該当せず、尊敬すべきプロにはそれなりの敬意を払っていると思いたい。

ではなぜぷららの人に怒りを爆発させたかというと、自分は業者と衝突するとすぐにブログやフェイスブックに記録するので分かるのだが、自分が求めるプロとしてのサービスが得られていない、必要な知識や合理的なフローを持っていないときに、その現状に対して抗議しているということが分かった。

もし業者が、この顧客は必要十分なサービスに満足せず、理不尽に怒りを爆発させていると思ったとすれば、それは急にムスッとして顧客の物言いを無視したり、逆に顧客に怒鳴り返すべきだろうか。
違うだろう。
そこは、業者はなぜ顧客の言うことが理不尽な要求かということを、いかに顧客の気分を損ねずに言うのが仕事だと思う。
顧客はアマチュアで、業者はプロである。
この時点で非対称的な関係だ。
ある人が引っ越してインターネットプロバイダーの移転工事をするのなんて、多くて数年に一度、人生でも10回未満しか遭遇しないケースである。
当然その間隔に技術は日進月歩しているし、さまざまなトラブルへのソリューションもプロ側には蓄積されていてしかるべきである。
一方ぷらら側は、毎日まいにち、数十件、場合によっては百件単位で引っ越しの客に付き合っているわけだ。
そのプラクティスは蓄積されていてしかるべきだ。

クレームは宝の山とも言う。
プロはクレームを受けたら、たとえそれが理不尽な要求であっても、「あーこういうパターンのクレームの仕方も可能なんだなー」、ひとつ勉強になったと思えばいいのではないか。
矛盾するようだが、相手を一個の独立した人格としてとらえるから悪いのであって、ひとつの症例、ケースとして捉えたらいいのではないか。

ぼくがクレームをするのは、次回から同じケースでよりスムーズな対応を期待するからだ。
クレームがひとつのプラクティスとして生かされ、次の顧客が同じ石に躓かないように、早手回しで手を打ってくれればいい。
世の中が良くなって、回り回ってぼくもハッピーになる。
プラクティスを蓄積するべきなのは、アマチュア側ではなく、プロ側だ。
同じような「引っ越し」というケースを何十件も体験するからである。

「顧客が我慢すべきだ」、「ショップは客を甘やかすな」という論が優勢になっても、世の中は良くならない。
客が「引っ越しのとき、ぷららの社員はあまり親切にしてくれないからそこはグッと我慢しよう」なんて思っても、次に引っ越しをするのは数年後だから、役に立たないプラクティスである。
プロバイダー側が「こういう点でお客様は不満に思うから次のお客様にはこう対応してみよう」と思うのは、すぐに役に立ち、急速に改善されるPDSサイクルだ。

ではなぜ客は我慢しろ的な言説が優勢かというと、日本人の我慢を美徳とする文化、特に貧乏人は我慢してお上に逆らうなという奴隷根性に発すると思う。
日本人は、自分が他の人よりも給料が安いとき「あいつの給料を下げろ」と言う。
自分が不幸なぶん人も不幸になれ、という言い方であって、世の中の不幸の量を増やす、悲しい考え方だ。
経営者ウッシッシだ。
金持ちの手元に余ったお金は蓄財に回ったり、含み資産になったりする。
これが今の日本の問題だ。

ここは「自分の給料を上げろ」と言うべきだ。
たとえすぐにかなわなくても、人の給料が安いよりは高い方がいい。
景気が良くなって、回り回って自分の給料も良くなるかもしれない。

顧客は不満に思ったら言う。
業者は顧客の不満を財産だと思う。
それがよく回るやり方だと思う。
むろん顧客といえども必要以上に感情的になったり、横柄になったりする必要はないし、業者も必要以上にへりくだる必要はない。
それはまた別の問題だ。
しかし、感情のやりとりにおいてもショップはプロだから、さまざまな感情を持つ顧客への対応をプラクティスとして貯めればいい話である。
「客は神様でないから甘やかすな」などと言ってたら、他の店に客を取られるだけではないか。
「あの客を気分よくすることができるか」という、面白いゲームだと捉えればいいのである。