3月12日に、ロック・キーボーディストのキース・エマーソンさんが亡くなった。病気を苦にしての拳銃自殺だという。71歳ということで、いかにも若い。やはり発作的なものであり、拳銃が手元にあったから、つまりアメリカに住んでいたから自殺したんだと思う。彼は単にスーパーテクニックを持ったプレイヤーであるだけでなく、音楽の世界に一時代を築いた芸術家だから、たとえピアノが思い通り弾けなくなったとしても、耳が聞こえなくなった後も作曲を続けたベートーヴェンのように、まだまだ偉大な仕事ができたと思うので、本当に残念だ。

Keith Emerson & Moog 15May10
 キースと言えばイギリスの3人組ロック・バンド、エマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)のキーボーディストで、ぼくおよび少し上の世代に熱狂的な人気があった。

 いわゆるプログレ、プログレッシヴ・ロックの代表的なバンドである。
 プログレッシヴ・ロックは「進歩的なロック」というような意味で、従来のロックンロールに飽き足りない音楽を追求した結果誕生した音楽と言われている。しかし相対的な名前であって、老舗バンドのディープ・パープルのようなハード・ロックも、出始めの頃はニュー・ロックとかアート・ロックと言われていた。それがパンクやテクノなどのニュー・ウェーブが出てきてからはオールド・ウェーブと揶揄されるようになった(「オールド・ウェーブ」とか言ってたのは日本の音楽評論家だけ??)。

 プログレも、出始めの頃は新鮮だったが、そのうち様式美、伝統芸能のように扱われるようになった。
 基本、曲が長い。演奏がうまい。長髪で美形のミュージシャンが多い。イギリス人を中心とした、ハード・ロックにクラシックやジャズの要素を取り入れた高度なものである。フュージョン、ハード・ロック、テクノの中間にある音楽である。
 あと、大御所のバンド(キング・クリムゾン、イエス、ELP、エイジア、UKなど)は限られた人数のミュージシャンが離合集散を繰り返し、大体どのメンバーも全部のバンドを経験しているようなメンバー交換がしょっちゅう行われている。ちなみにブライアン・レーンというプロデューサーがその人間関係の鍵を握っているらしい。

 最初の頃は名前の通り「ロックを進歩させる」という気概があったと思しいが、そのうちミュージシャンもファンに迎合して、ファンが期待する「いわゆるプログレ」をセルフ・カヴァーするような懐メロロックをするようになる。エイジア、UKのような、かつてのキング・クリムゾンやイエスを一時的に脱退したバンドが再結成したスーパー・グループは特にその傾向が強い。
 まあ、若いうちはトンガっていたミュージシャンが年を取って、昔ながらのファンにサービスするために懐メロバンドになるのは自然の成り行きであって、目くじらを立てる必要はないが、プログレッシヴ、という言葉の語感からすると、どうなのかなあと思わないでもない。

 プログレは、その名の通り、進取の気性に富んだミュージシャンが音楽を追求していると到達する境地のようにも思われる。ビートルズの「サージェント・ペパーズ」や、ビーチ・ボーイズの「スマイル」もプログレである。デイヴィッド・ボウイも基本プログレであった。ボウイの場合は一時「いわゆるプログレ」と音楽性やメンバーが重なっていたが、常に進歩的であり続けたためにその時その時のナウい音楽を取り入れ続けたから、懐古的な「いわゆるプログレ」とは一線を画している。
 ジャズやフュージョンの方からも、ウェザー・リポートのようなバンドはプログレッシヴ・ロックに近づいている。クラシックの世界でも、ELPの「タルカス」を弦楽四重奏団で演奏したりする試みがあるから、プログレはロックを超えて影響力を持った文化であった。

 プログレはSFミュージックであるとも思う。プログレのアルバムには宇宙や未来、精神世界、人類の起源や古代文明、伝説、剣、魔法といったテーマを取ったトータル・アルバムが多い。ファンも重なっている。基本シンセサイザーが好きで、シンセサイザーの音楽に未来や宇宙を感じる60年代生まれの男子が好む文化である。難波弘之のように、SFマニアのミュージシャンで、やっている音楽がプログレの人もいる。ぼくはSFは「普通の文学を推し進めたもの」であると思っているが、宇宙や未来が出てくる「いわゆるSF」を懐古的に愛する人もいる。このへんの関係も似ている。

 プログレの説明が長くなったが、ELPはキング・クリムゾン、イエス、ピンク・フロイドと並んでプログレ四天王と言われた、コテコテのプログレである。しかし、プログレという分野を開拓したオリジネイターであって、トンガっている。
 ナイスというバンドでロックにクラシックを組み合わせたキーボードのキース・エマーソンと、キング・クリムゾンの初代ベースとボーカルを勤めたグレッグ・レイクと、ドラムのカール・パーマーが組んだ3人組だ。元祖スーパー・グループで、デビューの時からすごく期待されていたようだ。もっともぼくはさすがにデビューした頃のELPは覚えていない。

 キースは当時発明されたばかりのモーグ・シンセサイザーをステージで演奏した初めての人だと思う。タンスと言われる巨大なモジュラー・シンセサイザーだ。他にはハモンド・オルガンを弾いていて、演奏中に鍵盤にナイフを突き刺したり、グラグラ揺らして音を変えたり、背面で演奏したりというパフォーマンスが話題になった。ピアノの名手でもあり、やっぱり弦を直接かき鳴らしたりして楽器の可能性を追求した。

 ぼくがELPを最初に認識したのはNHKの「ヤング・ミュージック・ショー」でくり返し放映された『展覧会の絵』のライブだ。有名なムソルグスキーの組曲をロック化したものだ。



 このように、ELPのメインの音楽性はロックにクラシックを組み合わせたものだが、古典やロマン派の作品だけではなく、コープランドのような現代音楽も取り入れていた。有名な「庶民のファンファーレ」や「ホウダウン」ではちゃんとコープランドのクレジットを付けているが、他にも自分の曲の中に変幻自在にいろんな曲のメロディを引用していた。下の映像ではヤマハのGX-1というエレクトーンを弾いている。当時700万円したそうだ。



 ジャズにも造詣が深く、ラグタイムのようなオールド・ジャズや、ブルーベックの「トルコ風ブルーロンド」をカヴァーしたりしていた。下の映像はキースがクリント・イーストウッドにブルーベックのサインを見せるもので、そこには「キース、ロンドの4拍子バージョンを作ってくれてありがとう」と書いているそうだ。その後にELPとブルーベックの演奏が入っている。



 ということで、変わった音楽性と、非常に高度な演奏力を持つバンドだが、特筆すべきことは彼らが商業的に大ヒットしたということだ。シングルは出さず、2枚組とか3枚組のアルバムが、売れに売れた。日本では後楽園球場や甲子園球場でコンサートをやったりした。当時はやっぱりロック文化のありようが相当いまとは違っていたと思われる。

 バンドを解散後、キースはダリオ・アルジェントのホラー映画『インフェルノ』、平井和正原作、石森章太郎漫画化のアニメーション『幻魔大戦』、そして東宝ゴジラ映画の最終作品で世紀の珍作である『ゴジラ FINAL WARS』の音楽を担当している。『ゴジラ』では伊福部昭の音楽をシンセサイザー化したりしている。やはりSFや日本特撮のファンが彼の音楽を好んでいて、彼の方もそれを好ましく感じていたということだろうか。







 晩年も、若いメンバーとバンドを結成し、精力的にツアーをこなしていた。

 ぼくは日本で彼のパフォーマンスを2回見た。
 1回目は渋谷のタワーレコード地下で、KORGのOASYSというシンセのデモをする会であり、狭いライブスペースで間近に見てびっくりした。そしてその翌々日に、新宿厚生年金でライブがあった。この時の文章を残しているのでリンクを貼っておく。

キース・エマーソン来日

 このライブでは「ボブ(ロバート・モーグ博士)に捧げる」と言って「ラッキー・マン」を、「コージー・パウエルに捧げる」と言ってエマーソン・レイク・アンド・パウエル時代の「タッチ・アンド・ゴー」を演奏した。それでロックも時代が経つと、いろいろ追悼することになるんだなあと感慨に耽ったが、まさかキースの追悼文を書くことになるなんてびっくりだ。

 キースの曲では比較的後期に入る「海賊」が好きだ。クラシック、ジャズ、ロック、シンセサイザー、ハモンドと、彼の要素がすべて入っているし、グレッグ・レイクの叙情的な歌も、ピート・シンフィールドの歌詞も楽しめる。なにより楽しく、盛り上がる音楽である。