新聞少年を捕まえる
物事は全然変わらない
俺は風の中で立っている
ぜったいバイバイと手を振ることはない
―"Modern Love"
代表的なロック・スター、大御所中の大御所、デイヴィッド・ボウイが亡くなった。
ぼくが訃報を知ったのが、昨日、11日の18時ぐらいだった。あわてて何らかのブログ記事をでっち上げようかと思ったのだが、実はその日の分のブログをもう予約投稿していて、18時ギリギリにおすすめのプロティンかなんかの記事をアップしてしまっていた。書きなおすのも面倒なので、そのまま遊びに行ってしまった。
神秘的な話をするわけではないが、去年の12月ごろから妙にボウイのことを思い出していた。1つはApple Musicにほとんどのアルバムがリリースされているのに気づいたからで、大好きな『ロウ』、『"ヒーローズ"』、『ロジャー』、『ステイション・トゥ・ステイション』を繰り返し聴いていた。そしてつい先日、ツイッターで「いま、ボウイは日本にいる」、「ボウイが、東京で地下鉄の1日乗車券のことを知りたがっている」という謎の発言がいくつか流れたのを見掛けた。あれはなんだったんだろ。でも結局、こういうことになった。69歳はいかにも若い。R.I.P.。
ぼくは相当ハマったというかカブれた方だ。高校生ごろが、ちょうど『ステイション・トゥ・ステイション』からベルリン3部作ぐらいである。エイドリアン・ブリューを伴ったステージ・ツアーを収めたNHKの「ヤング・ミュージック・ショー」を見て、完全にハマった。
グラム・ロック時代の『ハンキー・ドリー』とか、『ジギー・スターダスト』とかは後追いで聴いているが、あまりにも一生懸命聴いたし、ボウイは他の普通の音楽に比べて全然輝きを失わないというか、古くならないので、あたかも同時代に聴いたような錯覚に陥っている。その後の『レッツ・ダンス』に始まるポップ・ディスコ路線も大好きだ。
『ネヴァー・レット・ミー・ダウン』ぐらいまではリアルタイムで聴いていたが、だんだんぼくの関心がロックからソウルへ、というかはっきり言ってプリンスへ移っていたので、あまりリアルタイムでボウイを聴かなくなっていた。でも、こんなにソウルにハマるようになったキッカケも、良く考えたらボウイからである。ボウイ自身も「ZEROES」という歌で「ぼくは、リトル・レッド・コルヴェットを乗り逃げされてしまい」と、プリンスの曲名を歌詞に織り込んでいて、自分のファンがプリンスに移っていることを笑いにしていておかしかった。
突飛な意見だろうが、ぼくの中でボウイは、ウッディ・アレン、筒井康隆、タモリと、「芸術的トリックスター」と言うようなジャンルの4大スターの一角をなしている。音楽、映画、小説、テレビ演芸と分野は違うが、みな「自分がxxをやるとはどういうことか」、「今はどういうxxが流行っているか」、「今の時代にxxをやるとどうなるか」ということを、いつも考え、自分のジャンルをあえて対象化しながらやっているようなところがある。コンセプト・アートと言うのか、メタ芸術の部分が強い。芸術家でありながら批評家であるようなところがある。決して生まれついての芸術家で、立ち居振る舞いから自然に芸術が溢れ出てしまうようなタイプではないと思う。どこか線の細い、フェイキーなところがあって、それがかえって魅力になっている。特にボウイの場合、ロック自体が権威のない、虚飾の世界であって、その中で取ってつけたようなキャラクターを演じる面白さがあった。
ただ、あえて批評的にやっていたそのキャラクターに、マジで乗っかってきたり、真っ向から批判する人、いまで言うツイッターにクソリプするような人がいつの時代にも大勢いた。彼は本気で自身を両性具有の宇宙人だと思っていたわけではなかろうし、コスプレ的にナチの軍服を来ても別にヒトラーを礼賛していたわけではない。ポップスに迎合したと言われた「レッツ・ダンス」も、あえてそう見られる風にやっていたので、音楽や歌詞自体は「ロウ」と同じように重い。
再びただ、ここが難しいのだが、そういうふうにキャラクターがいちいち真に受けられて世の中が湧くことに、彼自身もノリノリで乗っかっていた。プロレス的な、虚実皮膜の世界であって、そういう風に、彼のキャラクターに心酔して、同化して酔うのも「逆に」実は正しい楽しみ方だったと言えなくもない。
でも、『ロジャー』のジャケットでトイレの床に寝そべって鼻を歪めて見せたり、同じアルバムの「DJ」という曲で「客はみんなぼくの信奉者だが、ぼくは自分というレコードを掛けるDJに過ぎない」みたいな歌詞を歌っているところを見ると、ときどきキャラクターを演じること、いちいちそれがマジでオオウケすることに、苦しくなっていたとおぼしい。次の作品『スケアリー・モンスターズ』の表題曲も、「ぼくに夢中になりすぎることの危険性を歌った」みたいなインタビューをどこかで読んだ気がする(のだが、いま歌詞を読み返しても意味が良く分からない)。
音楽的には名伯楽で、彼のレコードを聴いて、好きになって、追いかけ始めたミュージシャンは多い。エイドリアン・ブリューのように「ミュージシャンに愛されるミュージシャン」と呼ばれる人は多いが、ボウイは逆に「ミュージシャンを愛するミュージシャン」で、スター・メイカー的な能力が高かった。そういう意味ではマイルス・デイヴィスやジョー・ザヴィヌルと似ている。
ボウイと組んでメジャーになったのは、なんといってもエイドリアン・ブリューである。もともとザッパのバンドにいたのを、彼が引き抜いた時のエピソードが面白い。
F*ck you Captain Tom. You’ve really made the grade! - Eureka!/Positive Reaction!
1980年の『スケアリー・モンスターズ』ではピート・タウンゼントも弾いているが、ボウイは1969年にタウンゼントにメジャー・デビュー曲「スペース・オディティー」のデモ・テープを渡していたそうだ。80年に11年ぶりに再会したタウンゼントはボウイに「あのテープ聴いたけどめちゃくちゃいいじゃない」と言ったそうだ。
『スケアリー・モンスターズ』ではロバート・フリップのギターが凄まじい。ぼくはフリップのギターは、自身のキング・クリムゾンのプレイよりも、ボウイのこのアルバムと、あとイーノの『アナザー・グリーン・ワールド(緑世界)』のが一番好きだ。ロック界の偉大な校長先生であるフリップのような人が、ボウイやイーノにプロデュースされて大はしゃぎで弾きまくっているのが楽しい。
そして『レッツ・ダンス』はシックのナイル・ロジャーズとコラボを組んだ。『レッツ・ダンス』の後、ロジャーズはおなじみのマドンナの『ライク・ア・ヴァージン』やシャニース、デュラン・デュランなどのヒットメーカーになるが、『レッツ・ダンス』は力の入り方が全然違う。ギターにスティーヴィー・レイ・ヴォーン、ドラムにオマー・ハキムが参加しているのもすごい。
『ネヴァー・レット・ミー・ダウン』にピーター・フランプトンが参加したのもびっくりしたなー。
80年代には映画『戦場のメリークリスマス』に出演して、坂本龍一のFM番組にゲストで来た。選曲を自分でやって、「曲フリ」をやったのが楽しかった。P.I.L.の「This is not a love song」を掛けるとき、思いっきりバンド名を「ピル!」と言っていたのを思い出す。この時「ぼくが歌手になった直接の影響はリトル・リチャードだ」と言い切っていたと思う。ロックンロールの発明者の一人で、黒人で、ゲイのリチャードの名前を挙げるところが、あらゆる偏見を持たず、世間の偏見と戦ったボウイらしい。
アルバムとしてはやはり『ロウ』、『ステイション・トゥ・ステイション』、『レッツ・ダンス』が一番好きだ。どれもクールで未来的なサウンドで、永遠に古びないと思う。でも曲としては『ジギー』の「5年間」、「ロックンロールの自殺者」、そして『スケアリー・モンスターズ』の「イッツ・ノー・ゲーム」、「アッシェズ・トゥ・アッシェズ」、『トゥナイト』の「ラヴィング・ジ・エイリアン」が好きだ。
ボウイは社会的な歌詞も書いたが、過激主義者ではなく、優しい人だったようだ。「ラヴィング・ジ・エイリアン」の「最も奇妙なものを信ずる。異邦人を愛する」という繰り返しの歌詞が、自由、平等、平和の価値を認めない者だけでなく、それに過激に抵抗しようとする者をも、優しく諌めるように聴こえる。
ぼくは相当ハマったというかカブれた方だ。高校生ごろが、ちょうど『ステイション・トゥ・ステイション』からベルリン3部作ぐらいである。エイドリアン・ブリューを伴ったステージ・ツアーを収めたNHKの「ヤング・ミュージック・ショー」を見て、完全にハマった。
グラム・ロック時代の『ハンキー・ドリー』とか、『ジギー・スターダスト』とかは後追いで聴いているが、あまりにも一生懸命聴いたし、ボウイは他の普通の音楽に比べて全然輝きを失わないというか、古くならないので、あたかも同時代に聴いたような錯覚に陥っている。その後の『レッツ・ダンス』に始まるポップ・ディスコ路線も大好きだ。
『ネヴァー・レット・ミー・ダウン』ぐらいまではリアルタイムで聴いていたが、だんだんぼくの関心がロックからソウルへ、というかはっきり言ってプリンスへ移っていたので、あまりリアルタイムでボウイを聴かなくなっていた。でも、こんなにソウルにハマるようになったキッカケも、良く考えたらボウイからである。ボウイ自身も「ZEROES」という歌で「ぼくは、リトル・レッド・コルヴェットを乗り逃げされてしまい」と、プリンスの曲名を歌詞に織り込んでいて、自分のファンがプリンスに移っていることを笑いにしていておかしかった。
突飛な意見だろうが、ぼくの中でボウイは、ウッディ・アレン、筒井康隆、タモリと、「芸術的トリックスター」と言うようなジャンルの4大スターの一角をなしている。音楽、映画、小説、テレビ演芸と分野は違うが、みな「自分がxxをやるとはどういうことか」、「今はどういうxxが流行っているか」、「今の時代にxxをやるとどうなるか」ということを、いつも考え、自分のジャンルをあえて対象化しながらやっているようなところがある。コンセプト・アートと言うのか、メタ芸術の部分が強い。芸術家でありながら批評家であるようなところがある。決して生まれついての芸術家で、立ち居振る舞いから自然に芸術が溢れ出てしまうようなタイプではないと思う。どこか線の細い、フェイキーなところがあって、それがかえって魅力になっている。特にボウイの場合、ロック自体が権威のない、虚飾の世界であって、その中で取ってつけたようなキャラクターを演じる面白さがあった。
ただ、あえて批評的にやっていたそのキャラクターに、マジで乗っかってきたり、真っ向から批判する人、いまで言うツイッターにクソリプするような人がいつの時代にも大勢いた。彼は本気で自身を両性具有の宇宙人だと思っていたわけではなかろうし、コスプレ的にナチの軍服を来ても別にヒトラーを礼賛していたわけではない。ポップスに迎合したと言われた「レッツ・ダンス」も、あえてそう見られる風にやっていたので、音楽や歌詞自体は「ロウ」と同じように重い。
再びただ、ここが難しいのだが、そういうふうにキャラクターがいちいち真に受けられて世の中が湧くことに、彼自身もノリノリで乗っかっていた。プロレス的な、虚実皮膜の世界であって、そういう風に、彼のキャラクターに心酔して、同化して酔うのも「逆に」実は正しい楽しみ方だったと言えなくもない。
でも、『ロジャー』のジャケットでトイレの床に寝そべって鼻を歪めて見せたり、同じアルバムの「DJ」という曲で「客はみんなぼくの信奉者だが、ぼくは自分というレコードを掛けるDJに過ぎない」みたいな歌詞を歌っているところを見ると、ときどきキャラクターを演じること、いちいちそれがマジでオオウケすることに、苦しくなっていたとおぼしい。次の作品『スケアリー・モンスターズ』の表題曲も、「ぼくに夢中になりすぎることの危険性を歌った」みたいなインタビューをどこかで読んだ気がする(のだが、いま歌詞を読み返しても意味が良く分からない)。
音楽的には名伯楽で、彼のレコードを聴いて、好きになって、追いかけ始めたミュージシャンは多い。エイドリアン・ブリューのように「ミュージシャンに愛されるミュージシャン」と呼ばれる人は多いが、ボウイは逆に「ミュージシャンを愛するミュージシャン」で、スター・メイカー的な能力が高かった。そういう意味ではマイルス・デイヴィスやジョー・ザヴィヌルと似ている。
ボウイと組んでメジャーになったのは、なんといってもエイドリアン・ブリューである。もともとザッパのバンドにいたのを、彼が引き抜いた時のエピソードが面白い。
F*ck you Captain Tom. You’ve really made the grade! - Eureka!/Positive Reaction!
1980年の『スケアリー・モンスターズ』ではピート・タウンゼントも弾いているが、ボウイは1969年にタウンゼントにメジャー・デビュー曲「スペース・オディティー」のデモ・テープを渡していたそうだ。80年に11年ぶりに再会したタウンゼントはボウイに「あのテープ聴いたけどめちゃくちゃいいじゃない」と言ったそうだ。
『スケアリー・モンスターズ』ではロバート・フリップのギターが凄まじい。ぼくはフリップのギターは、自身のキング・クリムゾンのプレイよりも、ボウイのこのアルバムと、あとイーノの『アナザー・グリーン・ワールド(緑世界)』のが一番好きだ。ロック界の偉大な校長先生であるフリップのような人が、ボウイやイーノにプロデュースされて大はしゃぎで弾きまくっているのが楽しい。
そして『レッツ・ダンス』はシックのナイル・ロジャーズとコラボを組んだ。『レッツ・ダンス』の後、ロジャーズはおなじみのマドンナの『ライク・ア・ヴァージン』やシャニース、デュラン・デュランなどのヒットメーカーになるが、『レッツ・ダンス』は力の入り方が全然違う。ギターにスティーヴィー・レイ・ヴォーン、ドラムにオマー・ハキムが参加しているのもすごい。
『ネヴァー・レット・ミー・ダウン』にピーター・フランプトンが参加したのもびっくりしたなー。
80年代には映画『戦場のメリークリスマス』に出演して、坂本龍一のFM番組にゲストで来た。選曲を自分でやって、「曲フリ」をやったのが楽しかった。P.I.L.の「This is not a love song」を掛けるとき、思いっきりバンド名を「ピル!」と言っていたのを思い出す。この時「ぼくが歌手になった直接の影響はリトル・リチャードだ」と言い切っていたと思う。ロックンロールの発明者の一人で、黒人で、ゲイのリチャードの名前を挙げるところが、あらゆる偏見を持たず、世間の偏見と戦ったボウイらしい。
アルバムとしてはやはり『ロウ』、『ステイション・トゥ・ステイション』、『レッツ・ダンス』が一番好きだ。どれもクールで未来的なサウンドで、永遠に古びないと思う。でも曲としては『ジギー』の「5年間」、「ロックンロールの自殺者」、そして『スケアリー・モンスターズ』の「イッツ・ノー・ゲーム」、「アッシェズ・トゥ・アッシェズ」、『トゥナイト』の「ラヴィング・ジ・エイリアン」が好きだ。
ボウイは社会的な歌詞も書いたが、過激主義者ではなく、優しい人だったようだ。「ラヴィング・ジ・エイリアン」の「最も奇妙なものを信ずる。異邦人を愛する」という繰り返しの歌詞が、自由、平等、平和の価値を認めない者だけでなく、それに過激に抵抗しようとする者をも、優しく諌めるように聴こえる。
イジハピ!






