※7/27〜8/3まで本ブログはお休みをいただきます。復活は8/4(火)になります。
ひさびさに文字の話。
無駄に長いのでヒマがある人だけ読んでください。
ひさびさに文字の話。
無駄に長いのでヒマがある人だけ読んでください。
先日、寝る前にツイッターで間違った発言をしてしまって、ご指摘いただいた。
訂正してお詫びします。
しっかり訂正するためにブログに書く。
ある人がツイッターで、読売新聞を旧字で書くと讀賣新聞となるが、讀の旁の𧶠は真ん中の部分が四、賣は真ん中の部分が目を横倒しにした形だが、この2つは違う字なのか、という趣旨のことを書かれていた。
それでぼくが、賣を簡略化した「売」と、それに合わせて讀を簡略化した朝日文字の「読」は同じ形ですねwという趣旨のことを書いた。
すると、また別の方から「読」は朝日文字じゃないですよ! とご指摘があった。
明らかに「読」は朝日文字ではない。
分かっていたはずなのだが、ポッと誤解した発言をしてしまった。
スミマセン。
朝日文字とは何か。
簡単に言うと、まず日本政府が当用漢字を定めた。
それに定められていない表外文字について、朝日新聞が朝日文字を作った。
今は当用漢字は常用漢字に変わり、国家による表外漢字字体表が作られて、それに合わせて朝日文字も廃止された。
という流れだ。
読/讀は当用漢字/常用漢字の表に載っているので、朝日文字は無関係なのである。
スミマセンでした。
以下は全部蛇足である。
アメリカ軍は、日本に民主主義が根付かず、軍政の暴走を許したのは、漢字が難しすぎて一部のエリート/インテリしか本を読み書き出来ないからだと考えた。
それで (1)漢字の数を制限する用字制限を行い、(2)讀のような旧字を廃して読のような略字体を正字とした。
これは話題の日本国憲法と一緒で「アメリカに方針を押し付けられた」、「わずかな期間で性急に作った」と批判されたが、日本語の漢字をもっと少なく、簡単にしようという考えはもっと昔からあったそうだ。
ちなみに賣という字と讀という字の旁である𧶠という字は違う字である。
前者は士と貝の間に目を横倒しにした形が挟まっている。
この、横になった目はアミガシラと言って、あみ(網)から来た字だそうだ。
一方後者は士と貝の間に四が入っている。
この𧶠は独立した字では「イク」と読み、売り歩くという意味だそうだ。
U+27DA0とは (イクとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
ということで「讀賣」の讀の右側と賣は違う字だが、新字体では「読売」とどちらも同じ士+冗という略字になった。
ちなみに四という漢字も、讀の右側の半分も、書では目を横倒しにした形の略字で書くことがある。
実際、読売新聞の題字は讀も横目になっている。
読売新聞の題字は誰が書いたのですか : よくある質問 : お問い合わせ : 読売新聞へようこそ
ちなみに、リンク先の記事の中で説明しているが、読売新聞の題字(書)の中では賣という字の上の部分が士ではなく十に略されている。
ここまでは朝日文字に関係ない。
読も売も当用漢字に収録された略字体である。
たとえば冒瀆(ボウトク)のトクは訓読みで「けがす」という字だが、この字は当用漢字にない。
そこで、讀を読に変えたのと同じ流儀で瀆という字を涜に変えた。
このような表外漢字の略字を当用漢字に合わせて拡張新字体といい、拡張新字体の中で特に朝日新聞が定めたものを朝日文字と読んでいる。
(実際には当用漢字表の中の漢字であっても朝日文字は独自の書体で書いていた。詳しくはWikipediaを参照のこと。(ひどいな!>俺))
朝日文字 - Wikipedia
この表外文字の略字は、朝日文字という呼び名がついているが、他の新聞社も使うようになった。
1981年、常用漢字の制定に伴って当用漢字は廃止され、2000年には常用漢字表にない表外漢字の字体のめやすとなる表外漢字字体表が国家によって掲げられた。
当用漢字は漢字を大胆に簡略化したが、常用漢字/表外漢字字体表はワープロ/パソコンの普及に伴ってか、旧字体への回帰が起こっている。
2007年、朝日新聞も表外漢字字体表に準拠することを決め、朝日文字を廃止した。
◆
さて、なぜぼくが「読」を朝日文字と勘違いしたかと。
筒井康隆の書評集に「みだれうち涜書(どくしょ)ノート」というのがあった。
この本はすごく面白い本がいっぱい載っていて、青春時代の読書に大いに役立った。
涜書というのはもちろん筒井康隆流の造語、言葉遊びである。
好き勝手に書評を書いて本の価値を毀損するとか、読書に自涜のように耽溺するとかいう意味だろうか。
ところが、この本の表紙は山藤章二が担当していて、手描きの題字が「みだれうち瀆書(とくしょ)ノート」となっていた。
それで、ボウトクのトクには瀆と涜の2つがあることが深く印象に残っていて、それがドクショのドクという全然違う字と深く結びついて覚えていたのだ。
言い訳になりませんが。
◆
さて、上に朝日文字は2007年に廃止されたと書いているが、ネット上の朝日新聞デジタルでは、いまだに「冒とく」のとくは涜が優勢である。
優勢であるが、瀆も混じって使われている。
朝日新聞デジタルで冒涜という言葉が使われたかを検索するには「冒涜 site:www.asahi.com」で検索する。
135件出てくる。
2015年1月のシャルリー・エプド襲撃事件の社説などでも「冒涜」が使われている。
一方「冒瀆 site:www.asahi.com」で検索すると、「もしかして 冒瀆」というサジェスチョンが起こるが、それでも21件検索する。
2014年12月のマララさんノーベル賞に対するパキスタン反政府勢力の物騒な声明で「冒瀆」が使われている。
(ところで一番上の「マララたち何人でも殺す」という見出しだが、こういう場合は新聞の見出しだと「マララら」となるような気がする。よく「中島らも遭難」などという見出しがVOWに載っている。やっぱりマララらは読みづらいからマララたちにしているのだろうか)
ただ、これは朝日新聞デジタル(Web版の朝日新聞)だけの問題で、実際に紙の朝日新聞の紙面では2007年を境に朝日文字の冒涜から国定の表外文字字体表の冒瀆に変更されたのではないか。
では朝日新聞デジタルがなぜ冒涜かというと、JIS X 0208には涜はあるが、瀆がないからではないだろうか。
パソコンでは、まだまだWindows XPが幅を利かせているし、携帯もスマホではなくガラケーの人が多い。
こういう人はJIS X 0208しか見られない。
いっぽう瀆の字はJIS X 0213やUnicodeにしかない。
とりあえず朝日新聞デジタルは紙の朝日新聞とは違う規則を使っていると思うが混在しているのが面妖だ。
もともとなぜ朝日文字が開発されたかというと、当用漢字が讀むという字を読むに直したからだ。
また表外漢字の漢字表はなかった。
当用漢字は表外漢字は仮名で冒とくのように交ぜ書きすることを推奨していたと思われる。
昔の新聞は「ら致」のように表外漢字の使用を避けて交ぜ書きしていた。
ただし「冒とく」は交ぜ書きにせず、また旧字で冒瀆ともせず、新しい字体で冒涜とした。
このへんの切り分けの違いも興味深い。
たとえば「読売新聞の新憲法案は民主主義の冒瀆だ」という記事を書いたとしよう。
(※この記事は、いま適当に考えて書いています)
この場合、読という字の旁と瀆という字の旁は違う字になってしまう。
2007年以前の当用漢字時代であれば「読売新聞の新憲法案は民主主義の冒涜だ」となって読と涜で見た目が揃う。
また、戦前の書き方であれば「讀賣新聞の新憲法案は民主主義の冒瀆だ」となってこっちも揃う。
(読売新聞が新憲法を提唱したのは2004年だからそういう記事はなかろうが)
◆
とりあえず、同じ記事で紙は瀆だけどデジタルは涜という話のウラを取りたい。
でも、ぼくは部屋が狭くて片付かないので紙の朝日新聞も取ってないし、縮刷版を揃えているわけでもない。
朝日新聞デジタルも有料会員になれば「紙面ビューア」というのを使って紙面が見られるらしいが月額3800円だ。
無職のおいらにそれはツライよ!
ということで図書館に行って縮刷版を調べてみた。
実際には紙の縮刷版を使わずとも、「朝日新聞記事データベース、聞蔵(Ⅱ)ビジュアル」というサービスが図書館のパソコンから検索、印刷できた。
聞蔵と書いてきくぞうと読む。
とりあえず過去の新聞記事を文字で検索でき、テキストに変換したHTML版と、紙面をそのまま表示、印刷することができた。
面白いのは「聞蔵」には「異体字も同じ字とする」というチェックボックスがある。
これをオンにすると「續 姿三四郎」も、「続 明暗」も両方検索される。
ぼくは瀆と涜を別々に検索したかったのでこのチェックボックスをオフにした。
ところが、涜で検索しても、紙で瀆の記事も続々引っかかったのである。
聞蔵の検索機能はWeb版を検索しており、かつ、紙面で瀆となっている記事も、Web版は涜になっているからだ。
紙の朝日新聞で「涜」が最後に使われたのは2007年1月1日の「新春ウォッチ 地球新世紀 第2話」というTBSテレビの番組評である。
Web版は冒涜になっている。
紙の朝日新聞で「瀆」が最初に使われたのは2007年1月17日の「ニッポン人・脈・記 震度7からの伝言:9 「震度5の悔悟」出発点に」というコラムだ。
こちらもWeb版は冒涜になっている。
面白いのが2007年1月19日の「IT時代の漢字」という、常用漢字の選定に関わった阿辻哲次さんと、83JISの委員で有名な野村雅昭氏との対談だ。
これは、こんど朝日新聞の漢字が変わります、これまで表外字において朝日文字という簡略化された字を使っていましたが、これからは政府の表外文字字体表に従った文字になります、という話である。
JIS X 0208(元の規格名はJIS C6226)の1978年の第1次規格(78JISとも略称される)では、冒とくのとくに当たる38区34点は瀆だった。
それが1983年の第2次規格(83JIS)では38-34が涜に変わった。
これは18-10の鷗が鴎に変わったのと並んで非常に悪名高い字形の変更だ。
78JIS準拠のパソコンで「軍医時代の森鷗外に兵士の脚気の責任を求めるのは冤罪だ、冒瀆だという議論もある」と書いたつもりの文章が(※文章は適当に書いています)、83JIS準拠のパソコンでは「軍医時代の森鴎外に兵士の脚気の責任を求めるのは冤罪だ、冒涜だという議論もある」と見た目が変わってしまう。
1983年当時はプリンターのROMにフォントが入っていたので、画面では冒瀆と書いたつもりなのに冒涜と印刷される、という現象もあったのである。
このブログはUnicodeで書いているし、読む人もたいていUnicodeが表示可能な端末で見ているであろうから、両方違う字で出ている。
でも瀆、涜という本来同じ字が違う文字コードにエンコードされると、検索やソートで困るという問題もある。
難しいね!
この「IT時代の漢字」という対談の中に、「瀆」と「涜」に関する議論がある。
実際には対談が載った2日前の17日に「瀆」が使われているのだが、記事の内容上「瀆」と「涜」が揃い踏みしている面白い場面である。
ところが!
この記事を「聞蔵」で印刷しようと思ったら図書館のパソコンの利用時間が過ぎてしまって印刷が出来なかった。
仕方ないので縮刷版をコピーしたが、ノドの部分が全然読めない。
やっぱ断裁してからコピーすべきだったか!(冗談ですよ)
もっと面白いのがWeb版の記事で、瀆が涜に置き換わっているので阿辻さんの発言が変わっている。
紙版:「83JISでびっくりしたのは冒瀆の瀆を略した「涜」。」
Web版:「83JISでびっくりしたのは冒涜のとく(さんずいに續のつくり)を略した「涜」。」
事情が分からないとWeb版はわけがわからないと思う。
ところで續は続の旧字体だが、こっちはWeb版で使われている。
こっちはなぜか78JISでも83JISでも同じ69-84に登録されたのでWeb版でも使われたのだろう。
朝日新聞の用字用語は、「朝日新聞の用語の手引」という本にまとまっていて、これも当然図書館にあった。
朝日新聞出版 最新刊行物:書籍:朝日新聞の用語の手引
が、2015年の最新版しかなくて、それは当然「ぼうとく 冒瀆」しかなかった。
また、時間切れでコピーも取れなかった。
ざんねん。
ということで、図書館に3時間ほどもふらふらしていたのだが、結局ここまでしか調べがつかなかった。
◆
以下は余談だが(こんなブログ全体的に余談だけど)上の朝日新聞出版のページは
「朝日新聞の用語の手引」
「朝日新聞の用語の手引」
「朝日新聞の用語の手引 最新版」
「朝日新聞の用語の手引[新版]」
というリンクが貼っている。
リンク先はそれぞれ
2010年12月17日発売のもの、
1997年7月3日発売のもの、
2004年4月24日発売のもの、
2015年3月6日発売のものである。
「最新版」が2番めに古く、「[新版]がいちばん新しい」。
ていうかこれはものすごく分かりにくいと思う。
「最新版」、「新版」と書いても、書いたその時点のものでしかないので、どれほど新しいかは分からない。
(まあ、新版と書いていることで最旧版でないことだけはわかるが)
今の「[新版]にしたってそのうち改訂する定めである。
素直に「n年版」と書いたほうがいいのではないか。
なお、アニメはもっとひどくて、せんじつ日本テレビで「新劇場版 新世紀エヴァンゲリオン TV版」というのが放映されて瞠目した。
訂正してお詫びします。
しっかり訂正するためにブログに書く。
ある人がツイッターで、読売新聞を旧字で書くと讀賣新聞となるが、讀の旁の𧶠は真ん中の部分が四、賣は真ん中の部分が目を横倒しにした形だが、この2つは違う字なのか、という趣旨のことを書かれていた。
それでぼくが、賣を簡略化した「売」と、それに合わせて讀を簡略化した朝日文字の「読」は同じ形ですねwという趣旨のことを書いた。
すると、また別の方から「読」は朝日文字じゃないですよ! とご指摘があった。
明らかに「読」は朝日文字ではない。
分かっていたはずなのだが、ポッと誤解した発言をしてしまった。
スミマセン。
朝日文字とは何か。
簡単に言うと、まず日本政府が当用漢字を定めた。
それに定められていない表外文字について、朝日新聞が朝日文字を作った。
今は当用漢字は常用漢字に変わり、国家による表外漢字字体表が作られて、それに合わせて朝日文字も廃止された。
という流れだ。
読/讀は当用漢字/常用漢字の表に載っているので、朝日文字は無関係なのである。
スミマセンでした。
以下は全部蛇足である。
当用漢字
終戦直後の1946年、占領軍の指導のもとに、当用漢字というのが定められた。アメリカ軍は、日本に民主主義が根付かず、軍政の暴走を許したのは、漢字が難しすぎて一部のエリート/インテリしか本を読み書き出来ないからだと考えた。
それで (1)漢字の数を制限する用字制限を行い、(2)讀のような旧字を廃して読のような略字体を正字とした。
これは話題の日本国憲法と一緒で「アメリカに方針を押し付けられた」、「わずかな期間で性急に作った」と批判されたが、日本語の漢字をもっと少なく、簡単にしようという考えはもっと昔からあったそうだ。
ちなみに賣という字と讀という字の旁である𧶠という字は違う字である。
前者は士と貝の間に目を横倒しにした形が挟まっている。
この、横になった目はアミガシラと言って、あみ(網)から来た字だそうだ。
一方後者は士と貝の間に四が入っている。
この𧶠は独立した字では「イク」と読み、売り歩くという意味だそうだ。
U+27DA0とは (イクとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
ということで「讀賣」の讀の右側と賣は違う字だが、新字体では「読売」とどちらも同じ士+冗という略字になった。
ちなみに四という漢字も、讀の右側の半分も、書では目を横倒しにした形の略字で書くことがある。
実際、読売新聞の題字は讀も横目になっている。
読売新聞の題字は誰が書いたのですか : よくある質問 : お問い合わせ : 読売新聞へようこそ
ちなみに、リンク先の記事の中で説明しているが、読売新聞の題字(書)の中では賣という字の上の部分が士ではなく十に略されている。
ここまでは朝日文字に関係ない。
読も売も当用漢字に収録された略字体である。
朝日文字
当用漢字は漢字表の中に入れる字を制限しており、それに入っていない字を表外文字と言う。たとえば冒瀆(ボウトク)のトクは訓読みで「けがす」という字だが、この字は当用漢字にない。
そこで、讀を読に変えたのと同じ流儀で瀆という字を涜に変えた。
このような表外漢字の略字を当用漢字に合わせて拡張新字体といい、拡張新字体の中で特に朝日新聞が定めたものを朝日文字と読んでいる。
(実際には当用漢字表の中の漢字であっても朝日文字は独自の書体で書いていた。詳しくはWikipediaを参照のこと。(ひどいな!>俺))
朝日文字 - Wikipedia
この表外文字の略字は、朝日文字という呼び名がついているが、他の新聞社も使うようになった。
1981年、常用漢字の制定に伴って当用漢字は廃止され、2000年には常用漢字表にない表外漢字の字体のめやすとなる表外漢字字体表が国家によって掲げられた。
当用漢字は漢字を大胆に簡略化したが、常用漢字/表外漢字字体表はワープロ/パソコンの普及に伴ってか、旧字体への回帰が起こっている。
2007年、朝日新聞も表外漢字字体表に準拠することを決め、朝日文字を廃止した。
◆
さて、なぜぼくが「読」を朝日文字と勘違いしたかと。
筒井康隆の書評集に「みだれうち涜書(どくしょ)ノート」というのがあった。
この本はすごく面白い本がいっぱい載っていて、青春時代の読書に大いに役立った。
涜書というのはもちろん筒井康隆流の造語、言葉遊びである。
好き勝手に書評を書いて本の価値を毀損するとか、読書に自涜のように耽溺するとかいう意味だろうか。
ところが、この本の表紙は山藤章二が担当していて、手描きの題字が「みだれうち瀆書(とくしょ)ノート」となっていた。
それで、ボウトクのトクには瀆と涜の2つがあることが深く印象に残っていて、それがドクショのドクという全然違う字と深く結びついて覚えていたのだ。
言い訳になりませんが。
◆
さて、上に朝日文字は2007年に廃止されたと書いているが、ネット上の朝日新聞デジタルでは、いまだに「冒とく」のとくは涜が優勢である。
優勢であるが、瀆も混じって使われている。
朝日新聞デジタルで冒涜という言葉が使われたかを検索するには「冒涜 site:www.asahi.com」で検索する。
135件出てくる。
2015年1月のシャルリー・エプド襲撃事件の社説などでも「冒涜」が使われている。
一方「冒瀆 site:www.asahi.com」で検索すると、「もしかして 冒瀆」というサジェスチョンが起こるが、それでも21件検索する。
2014年12月のマララさんノーベル賞に対するパキスタン反政府勢力の物騒な声明で「冒瀆」が使われている。
(ところで一番上の「マララたち何人でも殺す」という見出しだが、こういう場合は新聞の見出しだと「マララら」となるような気がする。よく「中島らも遭難」などという見出しがVOWに載っている。やっぱりマララらは読みづらいからマララたちにしているのだろうか)
ただ、これは朝日新聞デジタル(Web版の朝日新聞)だけの問題で、実際に紙の朝日新聞の紙面では2007年を境に朝日文字の冒涜から国定の表外文字字体表の冒瀆に変更されたのではないか。
では朝日新聞デジタルがなぜ冒涜かというと、JIS X 0208には涜はあるが、瀆がないからではないだろうか。
パソコンでは、まだまだWindows XPが幅を利かせているし、携帯もスマホではなくガラケーの人が多い。
こういう人はJIS X 0208しか見られない。
いっぽう瀆の字はJIS X 0213やUnicodeにしかない。
とりあえず朝日新聞デジタルは紙の朝日新聞とは違う規則を使っていると思うが混在しているのが面妖だ。
もともとなぜ朝日文字が開発されたかというと、当用漢字が讀むという字を読むに直したからだ。
また表外漢字の漢字表はなかった。
当用漢字は表外漢字は仮名で冒とくのように交ぜ書きすることを推奨していたと思われる。
昔の新聞は「ら致」のように表外漢字の使用を避けて交ぜ書きしていた。
ただし「冒とく」は交ぜ書きにせず、また旧字で冒瀆ともせず、新しい字体で冒涜とした。
このへんの切り分けの違いも興味深い。
たとえば「読売新聞の新憲法案は民主主義の冒瀆だ」という記事を書いたとしよう。
(※この記事は、いま適当に考えて書いています)
この場合、読という字の旁と瀆という字の旁は違う字になってしまう。
2007年以前の当用漢字時代であれば「読売新聞の新憲法案は民主主義の冒涜だ」となって読と涜で見た目が揃う。
また、戦前の書き方であれば「讀賣新聞の新憲法案は民主主義の冒瀆だ」となってこっちも揃う。
(読売新聞が新憲法を提唱したのは2004年だからそういう記事はなかろうが)
◆
とりあえず、同じ記事で紙は瀆だけどデジタルは涜という話のウラを取りたい。
でも、ぼくは部屋が狭くて片付かないので紙の朝日新聞も取ってないし、縮刷版を揃えているわけでもない。
朝日新聞デジタルも有料会員になれば「紙面ビューア」というのを使って紙面が見られるらしいが月額3800円だ。
無職のおいらにそれはツライよ!
ということで図書館に行って縮刷版を調べてみた。
実際には紙の縮刷版を使わずとも、「朝日新聞記事データベース、聞蔵(Ⅱ)ビジュアル」というサービスが図書館のパソコンから検索、印刷できた。
聞蔵と書いてきくぞうと読む。
とりあえず過去の新聞記事を文字で検索でき、テキストに変換したHTML版と、紙面をそのまま表示、印刷することができた。
面白いのは「聞蔵」には「異体字も同じ字とする」というチェックボックスがある。
これをオンにすると「續 姿三四郎」も、「続 明暗」も両方検索される。
ぼくは瀆と涜を別々に検索したかったのでこのチェックボックスをオフにした。
ところが、涜で検索しても、紙で瀆の記事も続々引っかかったのである。
聞蔵の検索機能はWeb版を検索しており、かつ、紙面で瀆となっている記事も、Web版は涜になっているからだ。
紙の朝日新聞で「涜」が最後に使われたのは2007年1月1日の「新春ウォッチ 地球新世紀 第2話」というTBSテレビの番組評である。
Web版は冒涜になっている。
紙の朝日新聞で「瀆」が最初に使われたのは2007年1月17日の「ニッポン人・脈・記 震度7からの伝言:9 「震度5の悔悟」出発点に」というコラムだ。
こちらもWeb版は冒涜になっている。
面白いのが2007年1月19日の「IT時代の漢字」という、常用漢字の選定に関わった阿辻哲次さんと、83JISの委員で有名な野村雅昭氏との対談だ。
これは、こんど朝日新聞の漢字が変わります、これまで表外字において朝日文字という簡略化された字を使っていましたが、これからは政府の表外文字字体表に従った文字になります、という話である。
JIS X 0208(元の規格名はJIS C6226)の1978年の第1次規格(78JISとも略称される)では、冒とくのとくに当たる38区34点は瀆だった。
それが1983年の第2次規格(83JIS)では38-34が涜に変わった。
これは18-10の鷗が鴎に変わったのと並んで非常に悪名高い字形の変更だ。
78JIS準拠のパソコンで「軍医時代の森鷗外に兵士の脚気の責任を求めるのは冤罪だ、冒瀆だという議論もある」と書いたつもりの文章が(※文章は適当に書いています)、83JIS準拠のパソコンでは「軍医時代の森鴎外に兵士の脚気の責任を求めるのは冤罪だ、冒涜だという議論もある」と見た目が変わってしまう。
1983年当時はプリンターのROMにフォントが入っていたので、画面では冒瀆と書いたつもりなのに冒涜と印刷される、という現象もあったのである。
このブログはUnicodeで書いているし、読む人もたいていUnicodeが表示可能な端末で見ているであろうから、両方違う字で出ている。
でも瀆、涜という本来同じ字が違う文字コードにエンコードされると、検索やソートで困るという問題もある。
難しいね!
この「IT時代の漢字」という対談の中に、「瀆」と「涜」に関する議論がある。
実際には対談が載った2日前の17日に「瀆」が使われているのだが、記事の内容上「瀆」と「涜」が揃い踏みしている面白い場面である。
ところが!
この記事を「聞蔵」で印刷しようと思ったら図書館のパソコンの利用時間が過ぎてしまって印刷が出来なかった。
仕方ないので縮刷版をコピーしたが、ノドの部分が全然読めない。
やっぱ断裁してからコピーすべきだったか!(冗談ですよ)
もっと面白いのがWeb版の記事で、瀆が涜に置き換わっているので阿辻さんの発言が変わっている。
紙版:「83JISでびっくりしたのは冒瀆の瀆を略した「涜」。」
Web版:「83JISでびっくりしたのは冒涜のとく(さんずいに續のつくり)を略した「涜」。」
事情が分からないとWeb版はわけがわからないと思う。
ところで續は続の旧字体だが、こっちはWeb版で使われている。
こっちはなぜか78JISでも83JISでも同じ69-84に登録されたのでWeb版でも使われたのだろう。
朝日新聞の用字用語は、「朝日新聞の用語の手引」という本にまとまっていて、これも当然図書館にあった。
朝日新聞出版 最新刊行物:書籍:朝日新聞の用語の手引
が、2015年の最新版しかなくて、それは当然「ぼうとく 冒瀆」しかなかった。
また、時間切れでコピーも取れなかった。
ざんねん。
ということで、図書館に3時間ほどもふらふらしていたのだが、結局ここまでしか調べがつかなかった。
◆
以下は余談だが(こんなブログ全体的に余談だけど)上の朝日新聞出版のページは
「朝日新聞の用語の手引」
「朝日新聞の用語の手引」
「朝日新聞の用語の手引 最新版」
「朝日新聞の用語の手引[新版]」
というリンクが貼っている。
リンク先はそれぞれ
2010年12月17日発売のもの、
1997年7月3日発売のもの、
2004年4月24日発売のもの、
2015年3月6日発売のものである。
「最新版」が2番めに古く、「[新版]がいちばん新しい」。
ていうかこれはものすごく分かりにくいと思う。
「最新版」、「新版」と書いても、書いたその時点のものでしかないので、どれほど新しいかは分からない。
(まあ、新版と書いていることで最旧版でないことだけはわかるが)
今の「[新版]にしたってそのうち改訂する定めである。
素直に「n年版」と書いたほうがいいのではないか。
なお、アニメはもっとひどくて、せんじつ日本テレビで「新劇場版 新世紀エヴァンゲリオン TV版」というのが放映されて瞠目した。