スヌーピーのまんが、いわゆるピーナッツ・コミックスが子供の頃から好きだ。

Planet Snoopy Joe Cool Cafe
チャールズ・モンロー・シュルツが描いた新聞マンガで、日本では和英対訳のマンガが出ていた。
日本で最初に紹介されたのが鶴書房から出ていた「ピーナツ・ブックス」というもの。
訳者としておなじみ詩人の谷川俊太郎さんに並んで徳重あけみさんという日系人とおぼしき女性の名前が表記されている。

鶴書房というのはユニークな会社で、他に「時を掛ける少女」、「なぞの転校生」、「時間砲計画」のようなジュブナイルSFの軽装版シリーズ「SFベストセラーズ」を出していて、ぼくはこれも全部読んでいた。
だから子供の頃のぼくの本棚は鶴書房が多かった。

ピーナツ・ブックスは、鶴書房の倒産に伴って角川書店に譲渡され、スヌーピー・ブックスとして新装された。
鶴版では50巻までぐらいしか?出ていなかったが、最終的に角川から87巻まで出た。
1巻の翻訳のクレジットはなぜか谷川俊太郎さん1人になっている。
この谷川俊太郎さんの翻訳がすばらしくて、「マザーグースのうた」と並ぶ英文和訳の傑作だと思う。
吹き出しの中が手書きの和文で、ボックスの外にもともと手書きだった英文が活字で入っているが、この翻訳版の和文は谷川さんの手書きなのだろうか。

ピアニストで野球チームではキャッチャーのSchroeder(ドイツ語表記ではSchröderなのだろうか)が、昔はシュレーダーだったのだが今はシュローダーになっている。
NHKのアニメ版では、チャーリー・ブラウン=谷啓の第1期はシュローダー、チャーリー・ブラウン=なべおさみの第2期はシュレーダーとなっているそうだ。
へー。

スヌーピー・ブックスも87巻で終わり、絶版になっていたがその後だいぶ経って「復刊ドットコム」で一気にボックスセットが復刊された。
ぼくは全部買って持っている。
また角川から日曜版(日曜日の新聞に乗った、見開きで8コマや10コマなどのピーナツ)を収録した大判のコミックスも出ている。
今は「Peanuts Books Featuring Snoopy」として、吹き出しの中が英語でボックスの外に日本語、という体裁の本が出ているようであるが、一冊1000円とチト高い。

原作のピーナッツはほのぼのとしていず、子供同士が言い争うギスギスしたマンガである。
そもそも主人公の少年が「チャーリー・ブラウン」とフルネームなのがおかしい。
Wikipediaでは、シュルツが小学校を飛び級して、大きな子どもたちから阻害された経験からピーナッツが出来た、そもそも「ピーナッツ」という題名がシュルツは気に入らず、「チャーリー・ブラウン」という題名にしたかったなどと書かれている。

マンガの原作と世間の受容が違うのはサザエさんも一緒で、アニメ版はほのぼのとした事なかれ主義のマンガであるが、原作ははるかにギスギスしている。
クレヨンしんちゃんもそうで、当初は漫画アクションに連載され、「子供が大人の社会を引っかき回す」というマンガだったのが、子供向けに受け入れられている。

ぼくはピーナッツといえば、ルーシーやライナス、チャーリー・ブラウンが議論するのが好きだった。
でも絵柄の可愛らしさや、大量のファンシー・グッズの影響で、ピーナツといえば子どもたちと犬が仲良く遊んでいる「ほのぼの」マンガであると受容されるようになった。
角川文庫も「ピーナッツの仲間たちの心あたたまる世界」というような惹句で宣伝している。
作者のシュルツも結局この路線を是認していて、スヌーピーとチャーリー・ブラウンがハグしている絵に甘ったるい言葉を付けたクリスマスカードなどを大量に商品化していた。

腹立たしいのは、スヌーピーの生き方から「学ぶ」というような心理学者が書いた自己啓発本が出版されていることだ。
スヌーピーと言えば落語の与太郎のようなもので、欲望のままに生きる怠惰なダメ人間(犬だが)の代表のようなものだ。
そこにぼくたちは深く共感するのだ。
深く共感こそすれ、学ぶものはなにもない。
スヌーピーにだけは生き方を学びたくない。
ていうか、自己啓発本を読んで人生を生きやすくしよう、というような、邪心を持ってスヌーピーの本を読みたくないのである。
こういうマンガから「学ぶ」本が最近多くて、のび太に学ぼうとか、スネ夫に学ぼうとか書いてある。
そんな本、一冊も、1ページも読んでないから、読んでみたら意外にいいことが書いてあるのかもしれないが、とりあえず人生を学ぶならもうすこしマシなものから学んだ方からいいんじゃないかと思う。

スヌーピーが好き、ピーナッツが好きと公言している人にも、言動があやしい人がいる。
爆笑問題の田中裕二氏が子供の頃「スヌーピーのおうち」という歌を作ったと言って、テレビで披露していた。
スヌーピーのね
おうちはね かわいい かわいいおうち
みんなで仲良く みんなで仲良くおやすみよ
スヌーピー
田中さんがスヌーピーのマンガを1ページも読んだことがないこと、理解して読んだことはないことは明らかである。
まあ買い与えられたぬいぐるみを持っていただけであろう。

シュルツ氏が1999年に引退し、2000年に逝去したことは大きなニュースになった。
日本のテレビで流れたニュースでは、シュルツ氏が横たわり、涙ながらに語っている映像が流れた。
そこでシュルツ氏の言葉として「ルーシーが支えているボールを、チャーリー・ブラウンが蹴ることが、もう二度と出来なくなると思うと悲しい」という字幕が出ていた。
この字幕は完全な誤訳である。
ルーシーはチャーリー・ブラウンに、ラグビー(?アメフト?)のボールを支えて上げるから蹴っていいわよ、と誘う。
チャーリー・ブラウンがそれを蹴ってやろうと走ってくると、ルーシーが意地悪でボールをサッと取り上げ、チャーリー・ブラウンは転んで派手に頭を打つ。
これは何十年もやっている2人のお決まりのやりとりで、チャーリー・ブラウンは今度こそボールを蹴ってやろうと思いながらルーシーに騙され続けているのだ。
だから上の言葉は正しくは、「ルーシーが支えているボールを、チャーリー・ブラウンが蹴ることが、結局一回も出来なかったのだと思うと…」と訳すべきだったのだ。