先日、最近の主婦の方々が、趣味が嵩じて商売の世界に参入して、ありえない値付けをするので、市場価格が下がって困る、というブログに触発された記事を書いた。
ぼくは、難しい問題ではあるが、趣味がてら参入できてしまうような市場なんだから、価格が下がっても仕方ないんじゃないか、という立場である。
と同時に、みんな好きなことを仕事にしたいと思って生きているし、ITによってその敷居がどんどん下がっているけど、だからこそ、その道のプロになろう、食っていこうと思うのであれば、自分ながらの付加価値を付けるという意識を、今まで以上に高めなければならないと、当たり前のことを改めて思う。

その話をブログに書いていたら、ずいぶん前にあったちょっとめずらしい経験のことを思い出した。
上の段落には直接関係はないのだが、というか、ぜんぜん関係ないのだが、自分的にちょっと面白い話だったので、記録のために書き残しておきたいと思う。
Café Central interior, Vienna
日曜日の昼間に、青山に行く用事があった。
それで、天気が良かったし、運動がてら青山通りをぶらぶら歩いて渋谷に向かった。
小腹が空いたのだが、渋谷と青山のちょうど中間で、適当なお店がない。
喫茶店が「今日は特別に」カレーを出しているということで、まあいいかと思って、入ってみた。
ぼくは食事はがっつり食べたい方で、喫茶店で過ごすということが、まずない。
でもその日はたまたま入ってみた。
ちょっと混んでるっぽかったのだが、実は店員さんが多くて、客席は空いていて、表通りが見えるカウンターに座った。

40代の奥さんが給仕をしてくれた。
カレーは甘い味付けだったが、色とりどりの野菜が入っていて、複雑な味がして、おいしかった。
奥さんが「どうですか、このカレーは」と話しかけてくるので「おいしいです、ちょっと変わってて。あんまりお店っぽい味じゃないですね。凝った、家庭の味というか。そこがいいですけど」というと、笑って「ああ、やっぱりそう思うんですかあ」と言った。
隣の奥さんも笑っている。

「実は私たち、今日だけここでお店をやっているんです。団地に住んでいる近所の奥さんが集まって、カフェをやってるんですよ」と言う。
「へぇー、どうりで店員さんが妙に多いなと思いました」あらためて見回すと、奥さんがいっぱいいるのである。若い奥さんも、お歳を召した奥さんも、普通ぐらいの奥さんもいる。

「いつもはこのお店、夜はスナックなんですけど、昼は空いているので、みんなで借りたんです」だって。
「そんなのアリなんですか! 毎週やってるんですか?」と聞くと「いいえ、今日が始めてです。またやるかどうかも決まってません。たまたま今日やってたんですよ。けっこう普通の、初めてのお客さんがいらっしゃって、こっちもびっくりです」だって。
偶然通りかかったお客さんは、今日だけ経営している喫茶店に入ったことになる。

コーヒーを頼んだ。
カレーは家庭の味でうまいとしても、コーヒーはどうだろうか、と思っていたのだが、さすがに趣味でやっているだけあって、おいしい。
サービスでクッキーのついたアイスを出してくれた。
クッキーはまだしも、アイスも、ちょっとお店の味とは変わっていて、おいしかった。
これだけ奥さんが集まっていると、それぞれ得意分野を活かしてるんだなーと思った。
たまたま日曜日に青山通りを歩いていたら、ぐうぜん団地の奥さんが一日だけ趣味でやっているカフェに遭遇して、手作りのカレーとコーヒーとクッキーを食べた、という話で、日曜に青山に用があって良かったなーと思った。

それにしても、クリエイティブな休日の過ごし方である。
手間も、普通にホームパーティをするのと、たいして変わらないが、達成感は大違いであろう。
しみじみ感心した。

「旦那さんの理解はあるんですか」と聞くと「みなさん、奥さんが勝手に楽しんでるから、たまには解放されていいわ、と思ってるみたいですよ」と言っていた。
「おたくの旦那さんもそうなんですか」と聞くと「うちの旦那さんは変わっていて、今日はレジをやってくれてるんです」と言った。
振り向くとレジでヒゲの紳士が蝶ネクタイを締めていて、「どうもありがとうございます」と笑った。
会話を聞かれていたわけで、別に後ろ暗い話はしていていないけど、しょうしょう気恥ずかしかった。
あの奥さんたち今日もどこかでカフェをやっているんだろうか。