10月6日新刊の吾妻ひでお『アル中病棟』を読んだ。

これは副題に「失踪日記2」と書かれているように、2005年に出た『失踪日記』の続編である。

『失踪日記』は1980年後半の著者の失踪、ホームレス生活、ガス工事人としての再起、その後のアル中生活を集めた中編集であったが、『アル中病棟』はそのうちのアル中病院に入院している間の生活をたっぷり描き直したものだ。
『失踪日記』はセンセーショナルな本で大変売れたので、数多くの便乗本が出たが、消化不良のものが多かった。

『アル中病棟』も最初は焼き直しかなァと思っていたのだが、本を手に取ってまず驚いた。
『失踪日記』よりも分厚く、ずっしりと重い。
そしてコマ割りが大きく、これまでの作者のマンガよりもリアル路線、シリアス指向で、現実に限りなく迫っている。

描かれるのはアル中の恐怖、それに立ち向かうやっかいさ、そしてアル中病棟に集まる面々の面白さ、やっかいさ、そして悲しさである。
そのまま書いてしまうとドンドン暗くなりそうなテーマだが、吾妻氏の手塚・石森・藤子の流れを組む正統派マンガの丸っこいタッチの絵で描かれているので、心地よく読め、そして読んでいるうちにしみじみと怖さとおかしみが押し寄せてくる。

吾妻氏の語り口はテンションが高い。
どんなに自分が鬱状態に陥っていても、その鬱状態を笑いのめす語り口はハイテンションなのだ。

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これは根っからしみついたプロ根性とサービス精神に寄るものだろう。
このギャップに異様な感動を覚える。

ぼくもアル中でこそないが、過食や仮眠、散らかった部屋や怠惰に長い間とらわれている。
こういうとき、ダメな自分によって、自分がやられっぱなしになっている感じがするのだ。
それを笑いのめすことで、それに立ち向かうための心の自由が生まれてくるのかもしれない。
そんなことを考えた。

自分の責任で入るに至った極限状態を描いた作品としては花輪和一『刑務所の中』もある。

あれも傑作だったが、『アル中病棟』はもっと明るく、前向きで、どうすれば状況と折り合いがつけられるかということを描いている。
どうやったらアル中から脱出できるかというハウツーものという趣きもあるが、本当にアル中になった人にしてみたら、そういう描き方の方が素直なのではないかと思える。

病棟の仲間たちもみな問題人間で、サイテーの人もいるが、みな愛をもって笑いのめされている。
最終的には作者じしんの隠された心の醜さとの戦いも出てくるが、それでも深刻にならない。
あくまでも笑いにしているところが、救いがあって良かった。

吾妻先生には、是非次回は「ガス工事人時代」を掘り下げて一冊の本にして欲しい。
『失踪』の中のエピソードが大好きなのである。

作者の『失踪』以降の作品としては、日常を絵日記で描いた『うつうつ ひでお日記』、作者の青春時代を、空を魚が飛び、奇怪な生物が闊歩する東京とともに描いた『夜の魚』もおすすめである。