9月21日土曜日、連続セミナー「タイポグラフィの世界3」の「(1)字游工房 鳥海修『仮名の開発─株式会社キャップスの文麗、蒼穹、流麗、文勇の仮名を中心に』」を受講してきた。
鳥海修さんは字游工房の代表取締役で、ヒラギノや游明朝体をデザインされた書体デザイナーで、今日は実際に開発に携わった仮名の4書体の開発についてのお話だった。
文字コードを研究していたらついに書体デザインのセミナーに出るようになってしまった。
でもお話は大変興味深く面白かった。
鳥海修さんは字游工房の代表取締役で、ヒラギノや游明朝体をデザインされた書体デザイナーで、今日は実際に開発に携わった仮名の4書体の開発についてのお話だった。
文字コードを研究していたらついに書体デザインのセミナーに出るようになってしまった。
でもお話は大変興味深く面白かった。

場所は阿佐ヶ谷美術専門学校の422教室である。
午後1時半会場、午後2時開講。
前日深夜までいろいろやっていたので、朝目覚めたのが12時半であせった。
阿佐ヶ谷美術専門学校(通称はアサビ)は最寄り駅が丸の内線の新高円寺である。
高円寺とも東高円寺とも違うので注意が必要だ。
駅を出てからどんどん静かな住宅地に分け入って、しまいにはお墓が見えてくるので少々不安になったが、ほどなく味があってカワイイ校舎についた。
1時45分ごろ着いたが、会場はたいへん賑わっていた。
例によって3人がけの椅子に左右2人ずつ座っていたので、前のほうの中央の席にグイと入れてもらった。
以下は当日お話をiPad miniでメモったのを、二日たって記憶を元に文章として読めるようにしたものだ。
ぼくはこの分野に不案内であって、見当違いの解釈をしている可能性が多々あるが、不案内な聴講生が話をまとめるとこうなるという興味深い事例としてご笑覧ください。
AKB48の直筆読書感想文っていう本です。
書体の宝庫じゃないですか(笑)。
表紙に「文学、始めました。」って書いてあるけど、これはモリサワのA1明朝ですね。
今日は、キャップスさんに依頼されて作った4書体についてお話します。
まず、この写真を見てください。
(スクリーンに山の写真)
これは山形県の鳥海山です。
ぼくはこの麓で生まれました。
このへんにある家なんですが。
ぼくは、多摩美でグラフィックデザインを学びました。
卒業して写研に入り、独立して字游工房を設立しました。
写研では字をすごく丁寧に作ります。
何回もテストをします。
仕事中は、教室みたいに同じ方向の机で、シーンとして仕事していました。
仕事の後は、文字の話ばっかりしてたわけじゃないです。
それから字游工房を設立しました。
20のクライアントから仕事をもらって、100の書体を作りました。
25年でです。
だいたい1書体あたり1万字ずつです。
もっとも、漢字は10人掛かりで作ります。
これが俺の35年です。
漢字も入れたら書体は一人じゃできません。
欧文だと、フルティガーとか、マシュー・カーターとか、一人で作ってるけれども。
日本語は、責任者はいるけど、一人じゃできない。
グループの力です。
で、今日お話する仮名の4書体は、本郷にあるキャップスって会社から頼まれました。
近代文学向け、外国文学向け、女流文学向け、プロレタリア文学向けの書体を作る依頼でした。
フォントの世界では、モリサワパスポートとかが出てきて、なんか大規模な商店がバンとできて、このままだと小さな会社はシャッター通りになってしまうんじゃないかという気がする(笑)。
価格競争になる。
それで、とある仕掛け人がいて、別に名前を出してもいいと思うんですが、ここでは出しませんが、「仮名書体を作ろう」と言って来た。
1書体3ヶ月で作れないか、という話だった。
平仮名、片仮名は1人で作る。
イチから作るのは不安だったけど、俺しかいないでしょうということで、引き受けた。
近代文学向けということで、夏目漱石の「こころ」を組むようなフォントという依頼だった。
漱石は、中学時代に「我輩は猫である」、「坊っちゃん」と読んでいて、大学時代から「こころ」も愛読していたけど、読み返してみた。
岩波書店の、精興社の組版。
重い話。
恋の鞘当をする、男2人しか出てこない。
男は2人とも自殺してしまう。
肝心の女が出てこない。
だから、残された女の気持ちで文字を作ろうと思った。
さて、ここからなんと説明するかが難しい。
仮名を作るには、どの明朝体の漢字に合わせるかを考えた。
結局、LETSを使っていて、PROが用意されていたので、筑紫書体を使った。
(スクリーンを示して)ここに、リュウミンと、イワタと、筑紫と、游明朝と、4種類あるけど、一緒でしょ?
太さと大きさはほぼ一緒。
このぐらいの太さにあわせようと思った。
まず鉛筆で字の形を書く。
でもその鉛筆書きの字は残ってない。
その後、墨を乗せるからなくなっている。
漱石はひとつひとつの字をゆっくり読みたいと思う。
硬派ではなく、女性的に。
ぼくの言葉だけど、粘着度が高い字にしたかった。
筆が紙から離れないように。
で、1字1字が縦につながらないように、扁平な字に。
最初は2cm角のグラフ用紙に書いた。
写研では48mm角のに書いていたけど、いっぺんに沢山の字が見られるように、2cm角にした。
で、筆を使って墨を乗せる。
あの、筆を使ったときの丸みが、鉛筆だと嘘になる。
筆だと、何回か書いていると「これだ」と分かる。
外国文学向けはさっぱりした字体に、プロレタリア文学向けは強い字体にした。
はみだすとホワイトで修正していた。
ここまでは速い。
3日ぐらいでできた。
我ながら天才かと思った。
でも、こんなの誰でもかけます(笑)。
で、その字をコピーで48mm角に拡大して修正する。
(画面を示して)この「あ」に女の人の悲しさ出てますか。
しーんとしてますね(笑)。
次にデジタル化する。
瞬時に簡易デジタル化するソフトがあります。
「あうと」「あさひ」「あまねく」のような、仮名を組み合わせた言葉を生成してくれるので、それで見る。
言葉を見ると、どこが変か分かる。
経験で分かる。
なぜかわかる。
会社で見てもわからなかったのが、電車で読むとわかる。
それを修正していく。
「あ」の上の部分をくるっとつなげていたんだけど、やっぱりうるさいから取っちゃう。
「お」のはねあげを直す。
「れ」が食い込むのを直す。(※何の話か分からなくなってしまいました。。)
「か」の左払いが短いのを直す。
4バージョンぐらい修正すると良くなって来ました。
8バージョン目と9バージョン目の間で、字を小さくしました。
結局修正を重ねて、14バージョン作りました。
(最初の手書きのバージョンと、完成形のバージョンを比べる。)
やっぱ、(こうして見てみると)最初の「あ」のつながりがうるさかったですね。
最初のバージョンは、書くと自然だったかもしれないけど、活字だと新しいバージョンの方が、やっぱりいいですね。
最初のバージョンは手書きに近い。
それを活字に合わせて、練られて来た。
カタカナは、あまり変わんないですね。
最初の頃はカタカナ作らなくて、游明朝体にしたかもしれない。
平仮名の鉄則というか、規則があると思っていて、字面は、仮想ボディの81パーセントなんだけど、大きい字は字面に接する。
「あ」は「あー」だから、大きくなる。
「い」は「いー」だから、横長に作りたい。
「こ」は小さい。
「と」も小さい。
(ホワイトボードに字を書きながら解説)
ぼくは、字を「あー」、「いー」って、言いながら書く。
形と、音と、線には関係がある。
それを美しく見せる。
それが俺たちの使命と言うか、そのためにやっている。
カタカナはどうしようもない。
ひらがなは平安時代の和歌から来ている。
声に出して読みたい。
でもカタカナにはそういうリファレンスがない。
自分でこれがカッコイイと決めるしかない。
まあカタカナは、とりあえず左はらいが多いから、左はらいを生かすかどうか。
ロは小さくする。
ホの左は点にしてしまうか。
ヒの横の部分はニにするかとか。
文麗が出来たので、キャップスでプレゼンした。
社員さんが会議室に集まっているところで、アンケートを取ってみた。
たくさん字を見せて、「どれがいちばん美しいと思いますか」と聞いて、挙手をしてもらった。
圧倒的に1つの書体が支持を集めた。
「この、いちばん票を集めた書体が、みなさんのために作った文字ですよ」と言った。
プレゼンはそれで終わり。
(会場拍手)
会議室に集まったのは組版をやってる人です。
みんな、字をよく見てる人。
怖かった。
でも、自信があった。
だから、そういうプレゼンをした。
これは外国文学向けということで、ディケンズの「二都物語」を組む字ということだった。
「二都物語」を読んだけど、とにかく暗い話で、50ページも読んだら投げ出してしまった。
イギリスの人いたらごめんなさい。
こんな字のイメージで作ったら、いやな書体にしかならないよ(笑)。
ということで、命令は無視して、明るく爽やかな書体を作ることにした。
翻訳だから、色をつけないで。
カラッとした、誰の文章でも組める字にした。
肝はカタカナの大きさです。
ドストエフスキーとか、ひどいじゃないですか。
(カタカナの人名ばかりが出てくるので)
普通は、漢字、ひらがな、カタカナ、英字という順で小さくなっていくんだけど、蒼穹はカタカナを、ひらがなと同じか、ちょっと大きいぐらいの大きさにしてみました。
サッパリした字ですね。
線に思い入れが入っていない、機械的な感じです。
字は、書いて出来るものだから、書いて作ります。
鉛筆と筆で。
書いたのは最初のバージョンだけです。
修正はすべてデータ上で行います。
この教室に、レタリングをした人ってどれぐらいいるんですか?
(挙手、数十名)
あ、そうですか。
けっこう微妙にいらっしゃるので、もう何も言いません(笑)。
なんとなく秋空っぽい字でしょ。
だから蒼穹。
そうでもないですか。
エレメントの形は、おのずとそうなる、という感じですね。
イワタオールドと比較してみましょう。
イワタはカタカナが小さいと思います。
イワタさんゴメンナサイ。
けっこうきわどい大きさだと思うんですよね。
イワタオールドは外国文学に好まれるフォントですが、カタカナがちっちゃくないですか。
蒼穹は、思い入れを断ち切ったので、あまり時間を書けずに出来ました。
(会場:蒼穹の方が字面が大きいですよね。なぜですか)
いい質問ですね。
文麗は、字を1個1個丁寧に読ませるので、扁平に、小さくしました。
外国文学は、明るく、爽やかにしたいと思います。
だからです。
(会場:字間が詰まりませんか)
字間は詰まるよね。
精興社明朝は、仮名が小さいんです。
だから、クラシックに見えるんです。
それに対して、小塚明朝は、仮名がでかいんです。
モダンさは、仮名が大きいと出るんです。
大きいって言ってもちょっとだけですよ。
字面が詰まって見えることは、ないぐらいです。
カウンター(※ふところ、counter)は広めです。
Counter (typography) - Wikipedia, the free encyclopedia
(会場:筆よりペン字よりですね)
ペンのことは考えなかったですが、エレメントを単純化したいとは思いました。
イワタと比べてモダンにしたかった。
行が1行で見えるように。
カタカナは最終バージョンでは小さくなってますね。
最初はあまりにも大きかったんです。
女流文学むけです。
ぜんぜん使われてないみたいですね。
なんでだ。
(会場から使いにくいから、の声)
ちなみに、今回紹介するキャップスさんのフォントは、キャップスさんでしか使わないんですね。
このフォントで組みたかったら、キャップスさんに頼まないといけない。
流麗は、極端に流れるように作れと言われました。
最初は簡単だと思ってたんです。
江戸時代の製版本(木版本)や、古活字本を買ってきて、カッコイイ字をデッサンします。
(スクリーンに参考にした昔の本が映される)
四角い漢字の活字は、明治の初年に入ってきて、それから20年掛かって日本の活版印刷が完成した。
(※このへんややあいまいです)
それをもう一度やってやろうと思った。
こんな「な」の字とか、カッコイイと思ってたんだけど・・・。
でも、男にしかなんないんです。
この「な」は男ですよね。
(これじゃなくて)女の字にしたいと思いました。
でも、平安時代には戻りたくないという気持ちもあった。
いろいろ探して、坊門局(ぼうもんのつぼね)と言う人の、「唯心房集(ゆいしんぼうしゅう)」という本に当たりました。
八条院坊門局 とは - コトバンク
この人は、藤原定家のお姉さんに当たる人です。
(スクリーンを指して)この書には、定家も注釈を書いています。
鎌倉時代を境に(日本の書には)急速にみやびさがなくなります。
でも、この書にはギリ残っている。
女だ。
これで行こうと思いました。
そう思ったけど、「お」とか出来たのは最近です。
大変でした。
俺が普段使ってる筆は、写巻と言って、写経用の筆です。
坊門局は面相を使っています。
写巻だと、太細が出てしまう。
明朝の漢字に合わせるのは大変。
まだ、道半ばです。
明治時代は20年も掛かったんだから、俺ももっと掛けていいのか、と思う。
(会場:漢字も作ればいいのに)
これに関してはそうかもしれないね。
(会場:楷書とか、教科書体の方が合うかもしれない)
(それにしても)この字、きれいだよね。
どうかしたいんだけど・・・。
(会場:横書きにしにくい)
横書きは、考えてなかった。
文麗はイワタと、流麗はリュウミンと組み合わせるしかない。
なぜ游明朝を使わなかったかと言うと、当時字が足りなかったんです。
1万字では足りなかったんですよ。
1万字も作ったのに。
写植時代は5千字で足りてたのに。
今は2万字とか収録しても、値段は上げられないんです(笑)。
(流麗は)コントラストが難しい。
明朝体は太い、細いがあるから。
「と」の形が引っかかるって(お客さんから)言われたけど、このままでいいって押し通しました。
「り」のような縦に長い字は字面をはみ出しています。
少しでも伸びやかに見せたい。
みなさん、話を聞くだけじゃなくて、スクリーンを見て、形から学び取ってください。
スクリーンの上に出しているのは、最初に作ろうとした、男にしかならなかった字です。
これもフォントにしたい。
「せ」とかすごいですよね。
なぜフォント化が遅れてるかというと、変体仮名も作りたいんです。
それで遅れてます。
フォントで変体仮名が使えたら、どんなに楽しいことでしょう。
(坊門局の字に)カタカナはないから、いちから作りました。
ひらがなの字の気持ち、筆法から類推して作りました。
プロレタリア文学用です。
これはぼくじゃなくて、モトヤから来たイトウ君が、3年目に作りました。
当時ぼくが書いた仕様書が残っている。
小林多喜二の「蟹工船」を組む用に使う。
無骨。
厳しい。
小ぶり。
金属活字。
矢沢永吉の自伝に使う。
寿岳文章の書物の世界。
内外書籍、秀英仮名かな、と。(※このへん分からなくなっています)
山椒は小粒でピリリと辛い。
そういう字。
20回ぐらい直していました。
まだ直すのかよって言ってました(笑)。
最初はゴリゴリで、右上がりで書いている。
直したあとは、個性は残しつつ、大人しく、普通っぽくなります。
カタカナは最初小さかったです。
小さいカタカナは太くしないと存在感が出ない。
それにしても、3年目でこんな字が作れるんだって感心しましたね。
(会場:指導が良かったんじゃないですか?)
指導はしなかった。
そろそろ修正やめろって言ってましたけど(笑)。
(今日配布した「游書体ライブラリー<<総数一覧>>」に)漢字も含めると23000字もあるけど、そのうち150字ほどの仮名を変えただけで、ガラッと印象が変わります。
これは、古い手法だけど。
内容に即した形を作ります。
字は、みんな作れる。
今日ここにいる人も、作って欲しい。
ぼくは「文字塾」という塾をやっています。
どういう字が自然な文字か。
パスポートにたよらずに(笑)。
見出しだったら自分で作っていいじゃないですか。
みんな自分で、字を作りましょう。
したらいいんじゃないか。
ファンの人は、ひとり2書体ぐらい買うんじゃないか。
売れると思う。
でも、売れたとしてもこっちにはお金が入って来なそう(笑)。
(会場:おニャン子クラブの人のでありましたね)
ルリールね。
あれは、何て言う人だっけ。
(会場:永田ルリ子です)
あれは、当時、写研で丸文字コンテストをやったんですよ。
優勝者は2万円ぐらいしかもらえなかったんじゃないか。
でも、石井裕子社長が、美容室で週刊誌を見てて、永田ルリ子さんの字が目に留まったんです。
で、これよ!って言って、それで作って、売れたんです。
(会場:明朝、ゴシック以外のデザインは作らないんですか)(※スミマセン、あいまいです)
明朝、ゴシックはキーです。
積極的に変えるか、積極的に守るか。
俺は守りたい。
底辺を厚くしたいんです。
それで安心したい。
枝葉だけではない(ものをしっかり作りたい)。
本文書体なんです。
ただ、これから電子書籍の時代になって、解像度が上がって、字が細くなるとは思います。
紙の時代とは、タイポグラフィが変わるかもしれません。
(会場:流麗なんですが、「さ」と「き」は上の横棒の運筆が逆のような気がします。「は」と「け」も逆ですよね。「れ」と「わ」は左側が違います。「ね」は一緒なのに。なぜですか?)
うーん・・・スミマセン(笑)。
(会場:いや、なぜ違うかって聞きたいんですが)
(司会者:質問者の方は、違わない方がいいと思ってらっしゃるんですか)
(会場:そうです。統一した方がいいんじゃないかなって)
ひらがなは、統一はしたくないんです。
変化が欲しい。
でも、こういう時は謝るようにしてます(笑)。
スミマセン。
(会場:本文だけじゃなくて、見出しの書体も作ってください)
おお、狩野さん、ありがとう。
いま質問した人、狩野さんって言うんですけど、狩野さん、俺は、やるよ!
(と拳を握る。会場大拍手)
★
この後、懇親会にも伺った。
この手のセミナーの懇親会では、絶対に字を書き始める人がいるので、今回は携帯用ホワイトボード「NUBoard」の新書版を持っていった。
最終的に鳥海さんの手に渡って、いろいろ書いてくださった。
「なんで宴会にこんなものが必要なの・・・でもこれいいねえ」
とおっしゃっているので、調子にのって
-『さ』と『き』の横棒の運筆はなぜ逆になるんですか
と聞いてみた。
「だって『さ』は『左』でしょう。それがこうなるから・・・こう(左から右)だよね。でも、『き』は『幾』でしょ。だからこう(右から左)でしょ。要は元の漢字が違うから変わるんです」
-だったら、さっきそうおっしゃれば良かったんじゃないですか
「ああいう質問する人は、分かって聞いているんだよ。それをうっかり答えちゃうと、いろいろ爆弾が仕掛けてあるんだよ(笑)」
だって。
楽しかった!
午後1時半会場、午後2時開講。
前日深夜までいろいろやっていたので、朝目覚めたのが12時半であせった。
阿佐ヶ谷美術専門学校(通称はアサビ)は最寄り駅が丸の内線の新高円寺である。
高円寺とも東高円寺とも違うので注意が必要だ。
駅を出てからどんどん静かな住宅地に分け入って、しまいにはお墓が見えてくるので少々不安になったが、ほどなく味があってカワイイ校舎についた。
1時45分ごろ着いたが、会場はたいへん賑わっていた。
例によって3人がけの椅子に左右2人ずつ座っていたので、前のほうの中央の席にグイと入れてもらった。
以下は当日お話をiPad miniでメモったのを、二日たって記憶を元に文章として読めるようにしたものだ。
ぼくはこの分野に不案内であって、見当違いの解釈をしている可能性が多々あるが、不案内な聴講生が話をまとめるとこうなるという興味深い事例としてご笑覧ください。
イントロダクション
みなさん、この本知ってますか。AKB48の直筆読書感想文っていう本です。
書体の宝庫じゃないですか(笑)。
表紙に「文学、始めました。」って書いてあるけど、これはモリサワのA1明朝ですね。
今日は、キャップスさんに依頼されて作った4書体についてお話します。
まず、この写真を見てください。
(スクリーンに山の写真)
これは山形県の鳥海山です。
ぼくはこの麓で生まれました。
このへんにある家なんですが。
ぼくは、多摩美でグラフィックデザインを学びました。
卒業して写研に入り、独立して字游工房を設立しました。
写研では字をすごく丁寧に作ります。
何回もテストをします。
仕事中は、教室みたいに同じ方向の机で、シーンとして仕事していました。
仕事の後は、文字の話ばっかりしてたわけじゃないです。
それから字游工房を設立しました。
20のクライアントから仕事をもらって、100の書体を作りました。
25年でです。
だいたい1書体あたり1万字ずつです。
もっとも、漢字は10人掛かりで作ります。
これが俺の35年です。
漢字も入れたら書体は一人じゃできません。
欧文だと、フルティガーとか、マシュー・カーターとか、一人で作ってるけれども。
日本語は、責任者はいるけど、一人じゃできない。
グループの力です。
で、今日お話する仮名の4書体は、本郷にあるキャップスって会社から頼まれました。
近代文学向け、外国文学向け、女流文学向け、プロレタリア文学向けの書体を作る依頼でした。
フォントの世界では、モリサワパスポートとかが出てきて、なんか大規模な商店がバンとできて、このままだと小さな会社はシャッター通りになってしまうんじゃないかという気がする(笑)。
価格競争になる。
それで、とある仕掛け人がいて、別に名前を出してもいいと思うんですが、ここでは出しませんが、「仮名書体を作ろう」と言って来た。
1書体3ヶ月で作れないか、という話だった。
平仮名、片仮名は1人で作る。
イチから作るのは不安だったけど、俺しかいないでしょうということで、引き受けた。
「文麗」(近代文学向け)
まず「文麗」。近代文学向けということで、夏目漱石の「こころ」を組むようなフォントという依頼だった。
漱石は、中学時代に「我輩は猫である」、「坊っちゃん」と読んでいて、大学時代から「こころ」も愛読していたけど、読み返してみた。
岩波書店の、精興社の組版。
重い話。
恋の鞘当をする、男2人しか出てこない。
男は2人とも自殺してしまう。
肝心の女が出てこない。
だから、残された女の気持ちで文字を作ろうと思った。
さて、ここからなんと説明するかが難しい。
仮名を作るには、どの明朝体の漢字に合わせるかを考えた。
結局、LETSを使っていて、PROが用意されていたので、筑紫書体を使った。
(スクリーンを示して)ここに、リュウミンと、イワタと、筑紫と、游明朝と、4種類あるけど、一緒でしょ?
太さと大きさはほぼ一緒。
このぐらいの太さにあわせようと思った。
まず鉛筆で字の形を書く。
でもその鉛筆書きの字は残ってない。
その後、墨を乗せるからなくなっている。
漱石はひとつひとつの字をゆっくり読みたいと思う。
硬派ではなく、女性的に。
ぼくの言葉だけど、粘着度が高い字にしたかった。
筆が紙から離れないように。
で、1字1字が縦につながらないように、扁平な字に。
最初は2cm角のグラフ用紙に書いた。
写研では48mm角のに書いていたけど、いっぺんに沢山の字が見られるように、2cm角にした。
で、筆を使って墨を乗せる。
あの、筆を使ったときの丸みが、鉛筆だと嘘になる。
筆だと、何回か書いていると「これだ」と分かる。
外国文学向けはさっぱりした字体に、プロレタリア文学向けは強い字体にした。
はみだすとホワイトで修正していた。
ここまでは速い。
3日ぐらいでできた。
我ながら天才かと思った。
でも、こんなの誰でもかけます(笑)。
で、その字をコピーで48mm角に拡大して修正する。
(画面を示して)この「あ」に女の人の悲しさ出てますか。
しーんとしてますね(笑)。
次にデジタル化する。
瞬時に簡易デジタル化するソフトがあります。
「あうと」「あさひ」「あまねく」のような、仮名を組み合わせた言葉を生成してくれるので、それで見る。
言葉を見ると、どこが変か分かる。
経験で分かる。
なぜかわかる。
会社で見てもわからなかったのが、電車で読むとわかる。
それを修正していく。
「あ」の上の部分をくるっとつなげていたんだけど、やっぱりうるさいから取っちゃう。
「お」のはねあげを直す。
「れ」が食い込むのを直す。(※何の話か分からなくなってしまいました。。)
「か」の左払いが短いのを直す。
4バージョンぐらい修正すると良くなって来ました。
8バージョン目と9バージョン目の間で、字を小さくしました。
結局修正を重ねて、14バージョン作りました。
(最初の手書きのバージョンと、完成形のバージョンを比べる。)
やっぱ、(こうして見てみると)最初の「あ」のつながりがうるさかったですね。
最初のバージョンは、書くと自然だったかもしれないけど、活字だと新しいバージョンの方が、やっぱりいいですね。
最初のバージョンは手書きに近い。
それを活字に合わせて、練られて来た。
カタカナは、あまり変わんないですね。
最初の頃はカタカナ作らなくて、游明朝体にしたかもしれない。
平仮名の鉄則というか、規則があると思っていて、字面は、仮想ボディの81パーセントなんだけど、大きい字は字面に接する。
「あ」は「あー」だから、大きくなる。
「い」は「いー」だから、横長に作りたい。
「こ」は小さい。
「と」も小さい。
(ホワイトボードに字を書きながら解説)
ぼくは、字を「あー」、「いー」って、言いながら書く。
形と、音と、線には関係がある。
それを美しく見せる。
それが俺たちの使命と言うか、そのためにやっている。
カタカナはどうしようもない。
ひらがなは平安時代の和歌から来ている。
声に出して読みたい。
でもカタカナにはそういうリファレンスがない。
自分でこれがカッコイイと決めるしかない。
まあカタカナは、とりあえず左はらいが多いから、左はらいを生かすかどうか。
ロは小さくする。
ホの左は点にしてしまうか。
ヒの横の部分はニにするかとか。
文麗が出来たので、キャップスでプレゼンした。
社員さんが会議室に集まっているところで、アンケートを取ってみた。
たくさん字を見せて、「どれがいちばん美しいと思いますか」と聞いて、挙手をしてもらった。
圧倒的に1つの書体が支持を集めた。
「この、いちばん票を集めた書体が、みなさんのために作った文字ですよ」と言った。
プレゼンはそれで終わり。
(会場拍手)
会議室に集まったのは組版をやってる人です。
みんな、字をよく見てる人。
怖かった。
でも、自信があった。
だから、そういうプレゼンをした。
「蒼穹」(外国文学向け)
次は「蒼穹」。これは外国文学向けということで、ディケンズの「二都物語」を組む字ということだった。
「二都物語」を読んだけど、とにかく暗い話で、50ページも読んだら投げ出してしまった。
イギリスの人いたらごめんなさい。
こんな字のイメージで作ったら、いやな書体にしかならないよ(笑)。
ということで、命令は無視して、明るく爽やかな書体を作ることにした。
翻訳だから、色をつけないで。
カラッとした、誰の文章でも組める字にした。
肝はカタカナの大きさです。
ドストエフスキーとか、ひどいじゃないですか。
(カタカナの人名ばかりが出てくるので)
普通は、漢字、ひらがな、カタカナ、英字という順で小さくなっていくんだけど、蒼穹はカタカナを、ひらがなと同じか、ちょっと大きいぐらいの大きさにしてみました。
サッパリした字ですね。
線に思い入れが入っていない、機械的な感じです。
字は、書いて出来るものだから、書いて作ります。
鉛筆と筆で。
書いたのは最初のバージョンだけです。
修正はすべてデータ上で行います。
この教室に、レタリングをした人ってどれぐらいいるんですか?
(挙手、数十名)
あ、そうですか。
けっこう微妙にいらっしゃるので、もう何も言いません(笑)。
なんとなく秋空っぽい字でしょ。
だから蒼穹。
そうでもないですか。
エレメントの形は、おのずとそうなる、という感じですね。
イワタオールドと比較してみましょう。
イワタはカタカナが小さいと思います。
イワタさんゴメンナサイ。
けっこうきわどい大きさだと思うんですよね。
イワタオールドは外国文学に好まれるフォントですが、カタカナがちっちゃくないですか。
蒼穹は、思い入れを断ち切ったので、あまり時間を書けずに出来ました。
(会場:蒼穹の方が字面が大きいですよね。なぜですか)
いい質問ですね。
文麗は、字を1個1個丁寧に読ませるので、扁平に、小さくしました。
外国文学は、明るく、爽やかにしたいと思います。
だからです。
(会場:字間が詰まりませんか)
字間は詰まるよね。
精興社明朝は、仮名が小さいんです。
だから、クラシックに見えるんです。
それに対して、小塚明朝は、仮名がでかいんです。
モダンさは、仮名が大きいと出るんです。
大きいって言ってもちょっとだけですよ。
字面が詰まって見えることは、ないぐらいです。
カウンター(※ふところ、counter)は広めです。
Counter (typography) - Wikipedia, the free encyclopedia
(会場:筆よりペン字よりですね)
ペンのことは考えなかったですが、エレメントを単純化したいとは思いました。
イワタと比べてモダンにしたかった。
行が1行で見えるように。
カタカナは最終バージョンでは小さくなってますね。
最初はあまりにも大きかったんです。
「流麗」(女流文学向け)
次は流麗。女流文学むけです。
ぜんぜん使われてないみたいですね。
なんでだ。
(会場から使いにくいから、の声)
ちなみに、今回紹介するキャップスさんのフォントは、キャップスさんでしか使わないんですね。
このフォントで組みたかったら、キャップスさんに頼まないといけない。
流麗は、極端に流れるように作れと言われました。
最初は簡単だと思ってたんです。
江戸時代の製版本(木版本)や、古活字本を買ってきて、カッコイイ字をデッサンします。
(スクリーンに参考にした昔の本が映される)
四角い漢字の活字は、明治の初年に入ってきて、それから20年掛かって日本の活版印刷が完成した。
(※このへんややあいまいです)
それをもう一度やってやろうと思った。
こんな「な」の字とか、カッコイイと思ってたんだけど・・・。
でも、男にしかなんないんです。
この「な」は男ですよね。
(これじゃなくて)女の字にしたいと思いました。
でも、平安時代には戻りたくないという気持ちもあった。
いろいろ探して、坊門局(ぼうもんのつぼね)と言う人の、「唯心房集(ゆいしんぼうしゅう)」という本に当たりました。
八条院坊門局 とは - コトバンク
この人は、藤原定家のお姉さんに当たる人です。
(スクリーンを指して)この書には、定家も注釈を書いています。
鎌倉時代を境に(日本の書には)急速にみやびさがなくなります。
でも、この書にはギリ残っている。
女だ。
これで行こうと思いました。
そう思ったけど、「お」とか出来たのは最近です。
大変でした。
俺が普段使ってる筆は、写巻と言って、写経用の筆です。
坊門局は面相を使っています。
写巻だと、太細が出てしまう。
明朝の漢字に合わせるのは大変。
まだ、道半ばです。
明治時代は20年も掛かったんだから、俺ももっと掛けていいのか、と思う。
(会場:漢字も作ればいいのに)
これに関してはそうかもしれないね。
(会場:楷書とか、教科書体の方が合うかもしれない)
(それにしても)この字、きれいだよね。
どうかしたいんだけど・・・。
(会場:横書きにしにくい)
横書きは、考えてなかった。
文麗はイワタと、流麗はリュウミンと組み合わせるしかない。
なぜ游明朝を使わなかったかと言うと、当時字が足りなかったんです。
1万字では足りなかったんですよ。
1万字も作ったのに。
写植時代は5千字で足りてたのに。
今は2万字とか収録しても、値段は上げられないんです(笑)。
(流麗は)コントラストが難しい。
明朝体は太い、細いがあるから。
「と」の形が引っかかるって(お客さんから)言われたけど、このままでいいって押し通しました。
「り」のような縦に長い字は字面をはみ出しています。
少しでも伸びやかに見せたい。
みなさん、話を聞くだけじゃなくて、スクリーンを見て、形から学び取ってください。
スクリーンの上に出しているのは、最初に作ろうとした、男にしかならなかった字です。
これもフォントにしたい。
「せ」とかすごいですよね。
なぜフォント化が遅れてるかというと、変体仮名も作りたいんです。
それで遅れてます。
フォントで変体仮名が使えたら、どんなに楽しいことでしょう。
(坊門局の字に)カタカナはないから、いちから作りました。
ひらがなの字の気持ち、筆法から類推して作りました。
「文勇」(プロレタリア向け)
次は文勇。プロレタリア文学用です。
これはぼくじゃなくて、モトヤから来たイトウ君が、3年目に作りました。
当時ぼくが書いた仕様書が残っている。
小林多喜二の「蟹工船」を組む用に使う。
無骨。
厳しい。
小ぶり。
金属活字。
矢沢永吉の自伝に使う。
寿岳文章の書物の世界。
内外書籍、秀英仮名かな、と。(※このへん分からなくなっています)
山椒は小粒でピリリと辛い。
そういう字。
20回ぐらい直していました。
まだ直すのかよって言ってました(笑)。
最初はゴリゴリで、右上がりで書いている。
直したあとは、個性は残しつつ、大人しく、普通っぽくなります。
カタカナは最初小さかったです。
小さいカタカナは太くしないと存在感が出ない。
それにしても、3年目でこんな字が作れるんだって感心しましたね。
(会場:指導が良かったんじゃないですか?)
指導はしなかった。
そろそろ修正やめろって言ってましたけど(笑)。
(今日配布した「游書体ライブラリー<<総数一覧>>」に)漢字も含めると23000字もあるけど、そのうち150字ほどの仮名を変えただけで、ガラッと印象が変わります。
これは、古い手法だけど。
内容に即した形を作ります。
字は、みんな作れる。
今日ここにいる人も、作って欲しい。
ぼくは「文字塾」という塾をやっています。
どういう字が自然な文字か。
パスポートにたよらずに(笑)。
見出しだったら自分で作っていいじゃないですか。
みんな自分で、字を作りましょう。
(※以下質疑応答)
(会場:最初にAKBの自筆感想文の話がありましたが、フォント化しないんですか)したらいいんじゃないか。
ファンの人は、ひとり2書体ぐらい買うんじゃないか。
売れると思う。
でも、売れたとしてもこっちにはお金が入って来なそう(笑)。
(会場:おニャン子クラブの人のでありましたね)
ルリールね。
あれは、何て言う人だっけ。
(会場:永田ルリ子です)
あれは、当時、写研で丸文字コンテストをやったんですよ。
優勝者は2万円ぐらいしかもらえなかったんじゃないか。
でも、石井裕子社長が、美容室で週刊誌を見てて、永田ルリ子さんの字が目に留まったんです。
で、これよ!って言って、それで作って、売れたんです。
(会場:明朝、ゴシック以外のデザインは作らないんですか)(※スミマセン、あいまいです)
明朝、ゴシックはキーです。
積極的に変えるか、積極的に守るか。
俺は守りたい。
底辺を厚くしたいんです。
それで安心したい。
枝葉だけではない(ものをしっかり作りたい)。
本文書体なんです。
ただ、これから電子書籍の時代になって、解像度が上がって、字が細くなるとは思います。
紙の時代とは、タイポグラフィが変わるかもしれません。
(会場:流麗なんですが、「さ」と「き」は上の横棒の運筆が逆のような気がします。「は」と「け」も逆ですよね。「れ」と「わ」は左側が違います。「ね」は一緒なのに。なぜですか?)
うーん・・・スミマセン(笑)。
(会場:いや、なぜ違うかって聞きたいんですが)
(司会者:質問者の方は、違わない方がいいと思ってらっしゃるんですか)
(会場:そうです。統一した方がいいんじゃないかなって)
ひらがなは、統一はしたくないんです。
変化が欲しい。
でも、こういう時は謝るようにしてます(笑)。
スミマセン。
(会場:本文だけじゃなくて、見出しの書体も作ってください)
おお、狩野さん、ありがとう。
いま質問した人、狩野さんって言うんですけど、狩野さん、俺は、やるよ!
(と拳を握る。会場大拍手)
★
この後、懇親会にも伺った。
この手のセミナーの懇親会では、絶対に字を書き始める人がいるので、今回は携帯用ホワイトボード「NUBoard」の新書版を持っていった。
最終的に鳥海さんの手に渡って、いろいろ書いてくださった。
「なんで宴会にこんなものが必要なの・・・でもこれいいねえ」
とおっしゃっているので、調子にのって
-『さ』と『き』の横棒の運筆はなぜ逆になるんですか
と聞いてみた。
「だって『さ』は『左』でしょう。それがこうなるから・・・こう(左から右)だよね。でも、『き』は『幾』でしょ。だからこう(右から左)でしょ。要は元の漢字が違うから変わるんです」
-だったら、さっきそうおっしゃれば良かったんじゃないですか
「ああいう質問する人は、分かって聞いているんだよ。それをうっかり答えちゃうと、いろいろ爆弾が仕掛けてあるんだよ(笑)」
だって。
楽しかった!