最近、電子メールはもう時代遅れだからやめませんか、という記事がポツポツ出てきている。
一番まとまっているのはこの記事だ。

脱電子メールの4年間:IBM社員のワークスタイル (WIRED.jp)

この記事に出てくるIBMの人は、電子メールをやめてから自分の時間が増え、体重が減ったそうだ。
大変だ、ぼくも早くメールやめないと!w

でも、良く読んでみると、この人の特徴としては、メールの代替として社内のSNSを推奨しているところである。
全部の質問が全員に聞かれる。
全員がそれに回答し、その回答も全員に聞かれる。
これが省力化につながることは、想像に難くない。

今のメールの悪いところは、佐々木正悟さんも書かれていたが、基本的に私信であることだ。



  • 「誰を宛先に入れて、誰を外すか・・・」をいちいち考える必要がある。
  • 時候の挨拶や、お礼を入れる必要がある。
  • 「みんなへのメールにはああ言ってはおいたけど、あんたにだけはこう言っておくよ」みたいなメールを別便で送ってくる人さえいる。
これが錯綜するのは、確かに大変である。
全員が全員とオープンに話し合うSNSであれば、この悩みは一層される。
あとは不必要な情報は見ずにすみ、必要な情報を見逃さない仕組みを作ることだ。

メールであれSNSであれ
  • 文字ベースであること
  • 情報が、発信者/時刻と共に記録に残ること(言った、言わない問題が発生しないこと)
  • 参照情報へのリンクが容易に貼れること
  • 受信者がリアルタイムで時間を拘束されないこと
  • 受信者が即時で対応を要求されないこと
はぼくにとって必須である。 つまり、メールが悪かったわけではなく、未成熟であったのではないか。
メールが切り開いたものをさらに推し進める形でのコミュニケーションを模索すべきであるというのであれば、ぼくは賛成である。
(上の本では佐々木さんは「チャットワーク」というシステムを推奨している。)

何が言いたいかと言うと「電話に戻るのだけはカンベンカンベン!」ということである。つまり、
電話<<<(越えられない壁)<<<メール<<メールを超えるまだ見ぬ夢の新システム
ということだ。

電話こそ人間の知的環境を効率的に破壊する駄ツールである。
どんなにノリノリで仕事しているときでも、勉強に没頭しているときでも平気でベルをジャンジャン鳴らしてきて「今お時間よろしいですか?」などという。
「すべての用事を中断して俺の言うことを聞け。ところで今お時間よろしいですか」というのである。
「電話は暴力だ」とはタモリさんの言だが、けだし名言だ。

で、言うことが記録に残らない。
話があっちにとび、こっちにとび、重要なことが切れぎれに決まって行く。
ぼくはいぜん書いた通り電話の可視化をしているが、常に電話人間のフォローアップをメールでしていることになる。
まあ、ノーブレス・オーブリジェだと思ってあきらめているが、本当に無駄な労力である。

危険なのは、冒頭に紹介したようなメール限界論を、電話や会議のような旧世代コミュニケーションに引き戻すために援用するアナクロな言説が散見されることだ。

メールを極め、メールによるコミュニケーションに限界を見出した人が、「次」を求めるのはいい。
でも、そうでない人が、電話や会議に戻そうとするのは迷惑だ。
そういう意味で冒頭の記事は取扱い注意だと思う。

とりあえず、今の日本人は、まずはメールを、正確には文字ベースの非リアルタイムコミュニケーションを極めるべきだと思う。
最も参考になるのは、現在収監中であるがホリエモン氏の書いたこの本である。



記憶に頼って書くが、(堀江氏と野口ゆきお氏の言うことを混ざって覚えているかもしれないが、)彼の一番時間が掛からずストレスがないメール術はこういう感じである。

準備としては、アドレスを統一し、iPhoneで読めるようにしておく。
電話と違ってメールは「完全に無視できる」のでリアルタイムで来ても平気である。

堀江氏は1日5000通読んでいたそうだが、まあ100通来るとしよう。

半分は読まなくていいメールである。これで50通になる。
半分は読むだけ、アーカイブするだけでいいメールである。これで25通になる。
半分は「OK」、「要再考だね」、「ぼくはパス」、「その中では3時」のようなヒトコトで済むメールで、これはすぐに返信してしまう。ここがコツである。ここで時候の挨拶や雑談を挟もうとするから大変になるのだ。
何回かそういう一言メールを送っていると「ああこの人はこういう人なんだ」、「これはこれでありなんだ」と思われるからOKだ。
そのうち送ってくる人も真似し始めるから、どんどん読み書きがラクになる。
これで12.5通になる。

つまり、じっくり考えて、内容のあるメールを返さないといけないのは100通中12.5通程度なのである。それ以外は電車や、エスカレーターを登っているとき、レストランで食事が来るのを待っている間にあらかた終わってしまう。

で、残った12.5通は、それこそ本当にやらなければならない仕事のカタマリである。
つまり重要タスクのリストになっている。

ということで、ぼくはメールが気に入っている。
まあ文章を読み書きするのが苦にならない、常にモバイルを活用しているという個人的な属性によるのかもしれないが、自分としては、これはぼくという人間の美質であると考えているし、他の人も良ければ真似して欲しい。
少なくとも、電話が嫌いな人は世の中にはいるということを理解し、その人にはメールで連絡するようにしてやってください。

問題は、どうしてもガンとして電話してくる人、会って話したがる人、メールが出せない人である。
言ってしまえばフルイ人である。
これはしょうがない。
フルイ人に心を砕いてやさしくするのは、若いぼくらの責務である。

さて、やはりメールで話がこじれることもある。
こうなったらさすがに話した方がいいが、ぼくは会社では、電話でなくて直接会いに行くようにしている。
本当に気持ちを伝えたいというのであればこうするべきではないか。
会いに行くのがいいのは、相手の状態を確認してから話を切り出せることだ。
だれか先客と話し中であったり、頭から湯気が出ているような忙しそうなときは、また出直すようにする。
本当に口頭での心のこもったコミュニケーションがとりたければ、ここまでやるべきだと思う。
返すがえす、いきなり電話が掛けてくる人の気持ちが本当に分からない。

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