@dankogai氏の新著『「中卒」でもわかる科学入門 "+-×÷"で科学のウソは見抜ける!』を読んだ。



新著と言っても、2月9日の発行であって、ずいぶん出遅れて読むことになった。
というのは、電書版を待っていたからである。




弾さんの本はすぐに電書が出る。
「弾言」、「決弾」の2冊はiOSアプリも出ていて、すごく読みやすかった。

ぼくは最近、すでに持っていた本を全部スキャンして、本棚を大幅に縮小した。
それで、新刊書を買う意欲が大幅に減退してしまった。
Kindleにある本や、青空文庫でも、読むべき本は大量にある。
物理書店に行く習慣も排除した。

それでも、どうしても気になる新刊の話は漏れ聞こえてくる。
あまり電書化しそうにない、IT寄りでない著者の本は買ってしまうけど、なにしろ弾さんといえばIT寄りというかITの権化のような人であって、電書版がすぐ出ると思って、あえて物理版を買わなかった。

これが、出ない。
来る日も来る日も、Amazonのサイトに行っては、「このタイトルのKindle化をご希望の場合、こちらをクリックしてください。」のリンクをクリックしていた。



毎日のように押していた。
100回ぐらいは押したんじゃないだろうか。
これが、出ないのである。

それが一昨日、ふと思い立って、角川BOOK☆WALKERに行ってみたら、あったのである。

さっそくダウンロードして読み始めた。
まず、角川BOOK☆WALKERの使い心地であるが、すこぶる良い。
iPadでダウンロードすると、iPhoneでも読める。
じっさい、この本の場合、iPhoneですいすい読めた。

昼食後の腹ごなしの散歩のつもりで、iPhoneで読みながら歩いていると、ぐんぐん読み進めて、3時間ぐらいで読了した。
散歩読書である。
この読み方は(すこし危険だが)眠くならないし、新鮮な空気で気分がリフレッシュするので自分には良かった。

tulip

どうせブログで書評するつもりだったので、ブックマークに感想を書きながら読み進めたのだが、なんとiOSの角川BOOK☆WALKERアプリでは、ブックマークを5個までしか登録できない。
これは非現実的である。

しょうがないから最近使っているライフログアプリ「iライフログ」に、ページ数と感想を書いていった。

これはなかなか実用的な読書記録法であって、読んだ時間も記録できる。

danbook

本書は、一般人の教養としての科学を、普通の豆知識、雑学に終わらせず、自分の人生や市民にも出来る社会の改善に役立てるために、また、エセ科学や科学もどきマーケティングに騙されないためには、定量的なものの見方を身に着けるべきだ、という話で始まる。

「可視光線の領域は電磁波全波長に対して非常に狭い。音を1オクターブしか聴けないようなものだ」
「科学者の言うことをいちいち検証している時間はない。日本だけで名目上80万人の科学者がいる。我々は人生80年として25億秒しかないので、科学者のすべてを疑っていれば名刺交換だけで人生が終わってしまう」
「原発をゼロにすると光熱費が2倍になると政府はいうがこの計算はおかしい。電気代は光熱費の4割で、原発の電気はこのさらに3割に過ぎないから」
などと、本当に四則計算だけで検証できる科学の話がどんどん出てくる。
これは面白い。

こういう試みの本は以前からあって、代表的なのがアシモフの『たった一兆』である。



この本の圧巻なところは「単純な分子に見えるヘモグロビンの同定を総当たり式でやったらどれぐらい時間が掛かるか(不可能である)」ということを証明するところだ。
この本も面白いからオススメ。

では弾さんの本がアシモフとどう違うかというと、現代の日本に住む人のビビッドな問題に取り組んでいること、もっと言うと、「原発事故」という問題を大きく踏まえていることだ。

原発事故は我々と科学のかかわりを大きく変えた。
科学によって我々はとんでもなく迷惑をこうむる。
しかし、その状況から我々を救ってくれるのも、科学に他ならないのである。
もし我々が、怖い、難しいと言って科学を忌避していると、悪い科学者のやり放題になる。
いまこそ科学を民衆の手に取り戻さなければならない。
そういう主張が全編を貫いている。

後半は
「『役に立つ』ことを追求する科学研究はうまく行かず、結果的にうまく行かない」
「科学は『趣味』にとどめるのが良い」
「では貧困や戦争のような問題がある現代で、我々は『趣味』にいくらお金が使えるか」
という問題になる。
つまり科学研究にわれわれがどれだけの資源を避けるのか、現在どれぐらい濫費しているのかを、定量的に検証するわけである。

この問題については、著者も迷いがあるようで、結局トップの科学者の早野龍五先生のところに話を聞きに行く。
早野先生も「大きな問題です」と言っている。
結論は本書を読んで各自考えるのがいいと思う。

ぼくの考えはと言うと、宇宙の真理を究明することは「役に立つ」「立たない」「費用に見合う」「見合わない」「良い」「悪い」を越えた、人間の存在理由に関わることで、「どうしようもなくやらざるを得ないこと」であると思う。

『おたんこナース』というマンガに、パーキンソン病の患者が窓ガラスに貼ってあるカエルのシールがどうしようもなく気になって、気になって、椅子の上に立って剥がそうとした瞬間に発作が起きて体の動きが止まってしまい、看護婦に自殺すると思われて大騒ぎになるというエピソードがある。



適切な例かどうか分からないが、この例がパッと浮かんだから書くのだが、ぼくはこの世の謎というのは病院の窓に貼られたカエルのシールのようなものだと思う。
いったん気になりだすと、気になって、気になってしょうがない。
剥がさないと気が済まない。
人間は謎がある限り解かないわけにはいかないし、謎を解くのが人間の存在理由であると思うのである。

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