読んだ。



dankogaiさんのブログで本書の紹介を読んで、すぐに読みたくて矢も盾もたまらなくなった。
アマゾンでは「通常4~5日以内に発送します」ということだ。
待てない。
渋谷の丸ジュン、紀伊国屋、文教堂、大盛堂に電話したがすべて売り切れ。
桜が丘町のあおい書店に5冊在庫があったので、1冊取り置きしてもらって、電車で買いに行った。
渋谷の雑踏を歩きながら読み始め、ごはんを食べながら読んで、電車で家に帰るときには読み終えていた。
ぼくはそれほど読むのが早いわけではないが、2時間ほどで読み終えた。

もっとも、iPS細胞のなんたるかは新聞やテレビで山中教授と奥さんとの恋愛事情とかと共に語られていて、基本的な原理は聞きかじっていた。
しかしながら、この本を読んでいくつかの誤解が解け、より理解は詳細になった。
ここで文章の練習として、iPS細胞について出来る限り短くまとめてみよう。
「ネタバレ」になるけど本の感動に支障はないと思う。



人間の細胞はもともと受精卵という1個の細胞から始まる。
細胞には核があり、核には遺伝子がある。

受精卵は細胞分裂を繰り返して2個=>4個=>16個と増える。
その結果人間が形作られるが、やがて細胞は受精卵が持っていたある能力を失う。
それが「全能性」である。

人間の髪も、骨も、筋肉も、皮膚も、血液も、内臓も、すべて受精卵から出来る。
つまり受精卵は人間のあらゆる部品になれる能力を持っている。
これが「全能性」だ。

一方、いったん髪や、筋肉や、内臓に分化してしまうと、それから細胞は「全能性」を失う。
髪は髪に、筋肉は筋肉に、心臓は心臓にしかならない。
(逆に、他の細胞に勝手になったら大変である)

皮膚の細胞を実験室で容器に入れると、皮膚の細胞がいっぱいに増える。
しかし、ある程度増えたらそれで終わりになる。
心臓の細胞は増えない。

細胞はその核の中に設計図である遺伝子を持っている。
遺伝子には3万個ほどもある。

受精卵は髪や、筋肉や、皮膚の、あらゆる設計図を持っていると考えられる。
しかし、髪や、筋肉や、皮膚の細胞は、それぞれ自分自身(髪、筋肉、皮膚)に必要な分の遺伝子しかないのだろうか。
それとも、全部の細胞が受精卵と同じあらゆる細胞になる遺伝子を持っていて、不要な部分が眠っている(無能化されている)だけだろうか。
これは100年以上論争があった。

結果的には、後者が正しく、あらゆる細胞が自分自身以外のあらゆる細胞になりうる遺伝子の完全なコピーを持っていた。
これを証明したのが山中教授と共にノーベル賞を受賞したガードン教授である。
ガードン教授は、カエルAの腸の細胞から細胞核を取り出し、それをあらかじめ核を取り除いたカエルBの卵子に移植して、カエルAのオタマジャクシ(クローン)を作ることに成功した。
つまり、腸の細胞にも受精卵と同じ、全能性が隠されている。
しかし、腸の細胞は腸に必要な遺伝子以外は眠らされている。

一方、医学の世界では「ES細胞」というものが注目されていた。
受精卵が細胞分裂を繰り返し、子宮に着床する前の状態(胚)で取り出して、それをバラバラに分割したものがES細胞である。
この細胞はES細胞のままいくらでも増殖する。
また、適切な刺激を与えることで心臓、血液、膵臓などの細胞を、何でも作ることが出来る。
つまりES細胞は「万能細胞」である。

万能細胞があると何が出来るか。
たとえば心臓が弱っている人に万能細胞由来の新鮮な心筋細胞を増殖して移植すれば、病気が治る可能性がある(再生医療)。
あるいは実験室の培養基の上に心筋を培養させ、さまざまなストレスを加えてガンを発生させることが出来れば、ガンが発生するメカニズムを人体実験を経ずして行うことが出来る(病態モデル)。
また、そのガン細胞にさまざまな薬を掛けてみて、うちのひとつがガンを治せば、人体実験を経ずしてガンの薬が発見できる(創薬)。

しかしES細胞は大きな問題があった。
まず、妊娠して着床直前の受精卵(胚)を取り出して実験に使うのは、倫理上の問題がある。
(それ以前に、研究に協力してくれる人間のカップルを探して、女性の胎内から胚を取得するのは大変難しいだろう。)
次に、遺伝子はその父母のものなので、別の人間の治療に使う場合は拒絶反応が起こるというもの。

そこで山中教授は、逆の方向から万能細胞を作ることを考えた。
皮膚の細胞に、皮膚にしかなれないという単機能性をリセットして、多能性を復活させる。
これがiPS細胞である。

iPS細胞は皮膚の細胞にある遺伝子を与えれば作れることが分かった。
そこで、iPS細胞に必須な遺伝子を絞り込む作業が山中教授の研究の後半になる。
3万種あるという人間の遺伝子から24個に、そして最終的にこれさえあればiPS細胞が作れるという4つの遺伝子にまで絞り込んで、実験は完成した。

ES細胞とiPS細胞は見分けが付かない。
また、どちらも非常に安定でどんどん増殖できる。

しかしiPS細胞にはES細胞と違う大きな利点がある。
まず、皮膚の表面を少し掻き取るだけで細胞を取得出来るので、妊娠中の受精卵を取り出すのと比べて倫理的、社会的リスクがない。
(血液から作ることも、髪の毛から作ることも、抜いた「親知らず」から作ることも出来る。)
次に、ある人の心臓病を治すためにその人本人のES細胞を使えるので、拒絶反応がなくなる。
(実際には、ある人が病気になってから培養を始めたのでは間に合わないので、拒絶反応型によって分類したiPS細胞バンクの創立を山中教授は提唱している。)

しかしこの研究を使えば、男性から卵子を作ることも、女性から精子を作ることも出来る。
スポーツ選手から細胞を掠め取ってクローン人間を作ることも可能であろう。
しかし山中教授は、研究をガラス張りにすることでそれを防げると考えている。



本書「山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた」は、ラジオを分解する少年時代から、柔道とラグビーに励んだ青春時代、腕が悪い整形外科医から始まって、山中教授の半生が語られている。
腕が悪い整形外科医だった頃に、現在の医学では治らない難病患者に出会って衝撃を受け、基礎研究に転進する。
渡米し、帰国、そして自らが「PAD(Post America Depression、アメリカ後うつ病)」と名づける極度のうつ状態になる。
一筋縄ではいかない研究者人生と、研究そのものが、中学生でも分かることを目標に書かれたという非常にやさしい文章で語られている。

やさしいだけでなく、面白い。
上に粗雑なまとめを書いてしまったが、まだまだ面白いトピックがぎっしりと詰まっている。
そして、人生訓も実感があって面白い。
ご一読を勧める。

山中先生のノーベル賞受賞後の発言を聞いていて非常に驚いたのが「難病に苦しんでいる人は希望を持ってください」と言われたことだ。
これはなかなか言えない。
iPS細胞が実際に医療に役立ち、難病を治癒するまで行くのは、まだまだ何年も掛かるであろう。
しかし、今病気に苦しむ人に「希望を持って」と言われる。
これは感動する。
希望は薬になるのである。

世界中でiPS細胞の活用化、ビジネス化に向かって研究競争が起きている。
これからも、うれしい驚きに満ちた発見が、次々にニュースになると思う。
iPS細胞が見つかった時代に生まれ合わせて幸せだ。


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