数年前に初めて親が病気になって、ぼくはかなり長い間親に連絡を怠っていたことに気づいた。
実家は九州にあり、ぼくは関東で働いている。
どちらもカンタンには動けない。
それにしても少々抛っておきすぎだった。
反省している。

とりあえず暮れは田舎に帰ることにした。
たまに田舎に旅行するのもいいものである。
こちらの気持ちとしてはお見舞いに行っているのだが、向こうはいちいち歓待してくれるので、どちらがもてなしているか分からない。
まあお互いに気分転換できるし、近況が分かるので良かった。

いろいろ気づくことがあるが、とりあえずトイレが和式なのは困った。
ぼくは正座も出来ればしたくないタイプで、膝が曲がらないので和式が大の苦手である。
足腰が弱っている親はさぞ辛かろう。

それで、帰京してから、カンタンに取り付けられる洋式便器があるのではないかと思った。

休みの日に秋葉原に行って、ヤマギワに行ってみた。
(ヤマギワの実店舗はもう存在しない)
これこれこういうものが欲しいのだが、というと、非常にめんどくさそうに、あっちこっちタライ回しされ、結局窓際族と思しき社員が古びたファイルを開けて
「30万円ぐらいになりますが。。(どうせ買わないでしょ。。?)」
という趣旨のことを言った。
「じゃあいいです」
と言って暗鬱な気持ちで街に出た。

で、なんとなくナカウラに行ってみた。
(ナカウラももうない)
別の用事で行ったのだが、なんとなくトイレのことを聞いてみた。
ちょっと待ってください、と大きなファイルを取り出したので、悪い予感がしたのだが、結局
「3万円ぐらいになります。工事が必要ですが・・・」
と言われた。
ずいぶん値段が違うな!

親父は元店舗装飾業者で大工仕事は大体出来る。
(今の和式便器も自分で設置したそうだ。)
病気で足腰は怪しいのだが、昔の仕事仲間もいるようなので出来るかもしれない。
「ちょっと電話を貸してもらえますか」
と言って電話を掛けてみた。
「これこれこういう寸法を聞いて欲しい」
と言うので、その場で聞くと、さすがにプロで打てば響く返事だった。
ということで注文して、無事に実家のトイレは洋式化した。

しばらくして親から電話があって、
「東京の店には下着の長袖のシャツとズボン下が一体化した、『つなぎ』になってるのがないだろうか・・・腰周りのゴムがゴロゴロして寝にくいのだが」
と言ってきた。

下着なんてちょっと探せばすぐ見つかるだろう。
そう思って、銀座三越の下着売り場に電話してみた。
女子店員何人かにたらい回しされたあと、売り場部長と名乗る年配の男性が出た。
「私は三越で30年も下着の仕事をしておりますが、そういうものを見たことはありません。おそらく、うちにないということはどこでもお買いになれないのではないでしょうか」
的なことを自信たっぷりに言った。
「でも『大草原の小さな家』でお父さんが着ていたと思うんですが・・・」
「アメリカの西部開拓時代のことは存じません。おそらくもう廃れてしまったのではないでしょうか」
だって。
そうなのか???

力なく電話を切った。

会社の友達に、うちの病気の親父がこれこれこういうものを欲しがっていて・・・と言うと
「『シアーズ』で検索すれば出てくるんじゃない?」
と言われた。
「『シアーズ』って何?」
「アメリカのデパートだよ」
「どういう言葉で検索するの?」
「undergarment、all in oneとか・・・」
なるほど・・・。

家に帰って、シアーズではなくてアマゾンで検索すると、果たしてすぐ出てきた。



あるじゃんか!

親父に「赤、白、黒、あとサイズがいろいろあるけど・・・」と電話した。
白のL、と言われたが、アメリカサイズだと絶対Mだと思うので、Mを注文した。

ここで、実家の住所をいきなりアマゾンに入力するのがコツだ。
アマゾンから直接送りつけてしまうのだ。
いったん受け取って、手紙を添えて、ラッピングをやり直して・・・とか言ってると、すぐに面倒になってしまう。
頃合いを見計らって「これこれこういうものを送ったから使ってねー」と電話すればよい。

ちなみに下着は2~3日で届いて驚いた。
「これだよ! ずーっと探してたんだよ!」と大層喜ばれた。
サイズはMでバッチリだったそうだ。
面白いから赤と黒も送ってみた。

とりあえず、三越もヤマギワも反省したほうがいい。
アメリカのアマゾンの方が役に立つってどういうことだ!

その後も、何回かいろいろ頼まれた。
こんなもんが欲しかろうと、勝手に送りつけたものもあるが、いちいち喜ばれた。

チーズケーキを頼まれたことがある。
病院の談話室から電話を掛けてきたのだ。
なんでチーズケーキなんか急に食べたくなるのだろう。
今もナゾだ。

これが結構難儀した。
通販の「お取り寄せグルメ」だと冷凍モノしかないのである。
これは知らなかった。

ちょっと考えて、地元の有名な店から配達してもらうことを思いついた。
注文して支払うだけなら東京からリモートで出来るのである。
電子メールを受け付けている店を探して注文した。
非常に丁寧に対応してくれて助かった。

何回かやっていると楽しくなってきて、何を贈ると喜ぶか大体予想がついてきた。
大体食べ物が多い。
うちの親は電子機器が好きなのでちょこちょこガジェットモノを送ったら喜ばれた。
まあ、何を贈っても喜んでいると言うしかないであろうが、ぼくとしては本当に喜んでいたと思っている。
向こうからもいろいろ変なものを頼まれるのである。
ぼくは検索大好き人間なので、一瞬で検索して送る。
そのやりとりが面白いし、一瞬で珍しいものを検索して送れる自分が誇らしくもなってくる。

そのうち食が細くなって、何を食べてもおいしくない、とこぼすので、超高級鰹節セットというものを送ってみた。
これも喜ばれた。
超高級鰹節セットなんて、親も買わないし、自分でも買わない。
「超高級鰹節セット」なんてものがこの世に存在することすら知らなかった。
そんなものを送るのは楽しいものだ。
こんなことでもないと送ることもないし、もらうこともないだろう。
自分では絶対買わないが、もらえばうれしいものと言うのは結構ある。
贈り物にはこういう効用があるのだ。

下着にしても、チーズケーキにしても、 超高級鰹節セットにしてもせいぜい数千円である。
店に行く手間も掛からなければ、ラッピングする手間も掛からない。
Amazonで検索してクレカで注文するだけ。
ボタンを押せばいいのである。

こんなささやかなことが親孝行だとことさらに自慢するつもりはない。
でも、まったく苦痛を伴わず出来るし、異常に喜ばれる。
レバレイジ効果が高いのだ。
親元を離れて働いている人は、ネット通販で親に適当な品物を送ってみることをおすすめする。

父に最後に贈ったのは「缶入りスッポンスープ」だ。
「缶入りスッポンスープ」なんて絶対自分では買わないし、送られれば面白い。
力も付くだろうと思ったのだ。
かなり喜ばれる自信はあったのだが、惜しいところで間に合わず、郵送中に父は逝去してしまった。
飛行機で飛んで行って、実家で母と話をしていると、アマゾンから荷物が届いた。
差出人は自分になっている。
これはさすがに微妙な気持ちになった。
まあでも、母がおいしく召し上がったようだからよかった。

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