連載の第14回。
今日はしばしば問題になるパクり、盗作、剽窃行為について議論する。

絶対やっちゃダメだ。

それで済ませればいいようなものだが、なぜダメなのか、なぜパクり事件が起こるのか、それを避けるにはどうすればいいかをもう少し考えよう。

なぜパクりはダメか。
これは泥棒がダメなのと同じことだ。

お百姓さんが丹精して作った野菜を勝手に取ってしまう。
お百姓さんの苦労は台無しだ。
経済的にも大打撃を受け、場合によっては農業を継続できなくなってしまう。
すると世の中から野菜がなくなってしまうので、結局最初の泥棒も損をしてしまう。
社会の質が下がってしまうのである。
この世は協力と分業によって成り立っているので、正当な対価を払って野菜を買わなければ、みんなが損をする。

しかし、文章やその他の文芸作品の剽窃は、物理的な泥棒とちょっと違う。
盗まれるのは物質ではなく情報であり、移動ではなくてコピーである。

しかし、一次制作者は霊感から着想を得ているか、お金と手間を費やして情報を集めているのに、やすやすとパクり者がそれを取り入れて発表するのでは、やはり正直者がバカを見る世の中になる。
才能や努力が正等に評価されないわけで、やはり信頼を基盤とした社会の質が落ちる。
食うか食われるか。
暴力が支配される北斗の拳的な世界になってしまい、おちおち落ち着いて暮らせなくなってしまうわけである。

ではなぜパクりがしばしば発生してしまうのだろうか。

これも泥棒がしばしば発生してしまうのと同じであろう。
明日までに原稿用紙10枚書かないとおまんまの食い上げになってしまう。
気ばかり焦って、ぜんぜん文章が出てこない。
そういうときにこっそり、過去の名作をいただいてしまう。
絶対に良くないことだが、動機としては理解できる。

しかし不思議なのは、まったく金銭が発生しないアマチュア創作の世界でも盗用がまかり通っていることだ。
学校に提出して賞をもらう作文や、詩や、論文を剽窃する人がいる。
夏休みは目いっぱい遊びたいので宿題に掛ける手間を省きたいというのであれば理解できる。
しかし、詩なんて書いても書かなくてもいいものである。
「明日までに詩を書かないと単位がもらえない」という局面はないだろう。
それに、人の書いた詩を写して提出しても少しも楽しくない。
しかるに、こういう事件が起こってしまう。
虚栄心だろうか。
それとも、悪い事をして先生が褒めてくれるのを心の中で楽しむという倒錯的な犯罪心理だろうか。
ここまで来ると、ぼくには想像できないからこれ以上追求しない。

もっと分からないことには、ツイッターで人の言うことをそのままパクって流す人がいる。
「xxという事件があってxxだと思った。やはり人間はxxではいけないと思う」的な、誰かが言ったすごいイイコトっぽいツイートを、一言一句たがわず、そのまま自分の発言として流す人がいるのである。

このパクりツイートに、最近の盗用の顕著な特徴がある。
電子情報であるから、コピペがものすごく簡単なのである。
あまりにも簡単だから、罪悪感も起こらないのだろう。
夜中にトラックを運転して白菜畑に侵入するのとは全然心理的な負担が違う。
最近は卒業論文にWikipediaをパクる人が多いそうだ。
大学生なんて遊びたい盛りだからまあ理解できるけど、親のお金で勉強していながらWikipediaをコピーしている姿はチト情けない。

パクりツイートは、最近の盗用のもうひとつ別の面を映している。
盗用騒ぎが後を立たないということは、盗用が発覚し続けているということだ。
このへんが野菜泥棒とは違う。
最近は、あらゆる情報は電子化されてしまうので、盗用の結果生まれた文章も電子化されて多くの人の目に触れる。
だから、パクるのも簡単だけど、そのパクりを発見するのも簡単なのである。
(パクりツイートを見つけ出すbotとか簡単に書けそうである。やらないけど!)

で、盗用物件は必ず炎上する。

この情報化社会において、一つの文章が及ぼす影響は大きい。
ブログにしてもツイートにしても、ある人が書いたら何百人の目に触れる。
一度広まってしまったら、撤回は不可能である。
だから、パクれば必ず見つけられるし、炎上も起こるということを、これから文章を書く人は肝に銘ずるべきだろう。

とはいえ、実用書や技術書と言ったノンフィクションの分野では、人の表現をどうしても借りなければならない場合がある。
ある項目を論ずるのに、既存の文章がどうしようもなく良く書けていて、その文章をそこに嵌めこむ以上にその記事を良くする方法がないと確信がある場合はどうするか。

この場合は、敬意を払って引用し、必ず出典を明記する。
これでオーケーである。
大体、あらゆる文章をスクラッチから発想して書かなければならないというのはナンセンスである。
先達の実績を踏まえて新しい発想を書くからこそ、文明が急速に進歩するのである。
パクりと引用は天と地ほども違う。

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