よく学校や世間では、本を読もう、本を読むと身になる、と言われる。
でも本当にそうか、考えてみようと思う。

WLA metmuseum Book Cover with Byzantine Icon pre1085
編集者さんというプロの方と話すとよく言われるのは「そんな本書いてもウレマセンよ〜」ということだ。
「じゃあどんな本買いたらウレルんですか」というと「それが分かったら自分で書いてますよ」と言われたことがあって、これは大いに笑った。
うまいこと言うなー。
ウレナイ本がどういう本だけかは、分かっているということだろう。

本屋にはウレル本がおいてある。
前から気になっているのが「ハーバード大学で教える絶対NOと言わせない交渉術」という本である。

実は、題名を見ただけで、中を読んでいない。
だから批評する資格はないのだが、この題名には疑問がある。

まず、とんち話みたいな疑問としては、もしハーバード大学出身の人が2人激突したら、どっちが勝つか、ということである。
まあより真剣に勉強した方が勝つんだと思う。

もうひとつ、疑問に思うのは、交渉事において、この本の読者が勝った方が、本当にいいのか、ということである。
モンスタークレーマーみたいな人はこの本を買わない方がいいだろう。
もし絶対NOと言わせない交渉術というのが、この世にあるとしたら、ぼくはその本を、いい人にだけ読んでもらいたい。
その人の主張が通ったほうが、世の中が良くなる場合にのみ、そういう交渉術を使って欲しい。

なぜ絶対NOと言わせない交渉術が、ハーバード大学には伝わっているのに、普通の大学に伝わっていないのか。
たぶんハーバード大学ともなれば「この世の中でどういう主張が通ったほうがいいのか」「正義とは何か」「愛とは何か」ということも、別の時間で習っていると思われる。

しかし、そういうことを学ばずに、本屋で新書を買って交渉術だけ学んでしまった人が跋扈してしまったら、世の中は闇である。
悪い主張を持っている人には、「あなたの主張はなぜ引っ込めた方がいいのか」「つまらないことを考えてしまう人は交渉をやめて相手に従おう」という本を、むしろ出して欲しい。
でも、そんな本は、編集者に提案するまでもなくウレナイと思う。

よく「あきらめないで夢を持っていたらいつかかなう」「この方法でお金がもうかる」という本を見かける。
しかし「夢なんかあきらめたほうがストレスは少なくて済む」「少ないお金でつつましく生きよう」という本は、それほど見かけない。
なぜか。
前者の主張の方が正しいからというより、前者の方がウレルからではないだろうか。

つまり、人は、読みたい本を読む。
言って欲しい言葉が書いてある本を読む。
あらかじめ持っていた主張を補強してくれる本、甘やかしてくれる本を探して書店に来ると思われる。
「こういう考え方があったのか!」「いままでこう思ってきたけど、間違いだった!」という本は、あまりない。
あっても売れないからだ。

耳の痛い本、自分を否定する本、反省を促す本は少ない。
これは不思議だ。
日本はマゾ社会で、世間には「苦労すれば苦労するだけエライ」みたいな道徳観が、不必要なほどはびこっているのに、なぜか本屋さんだけは、読者を肯定する、不必要に励ます本が多い。
なぜか。

本は
(1)まず、買う
(2)買った本を読む
というツーステップを取る。
プル型情報である。

だから、読者は、聞きたくない話、読みたくない情報は、(1)の時点で遮断してしまう。
著者や編集者は、ショーバイでやっているので、まず、読んでもらいたい。
(より正確に言うと、読まなくてもいいから買って欲しい)
だから、「あなたはすばらしい人ですよ!」「あなたには成功してもらいたい!」「交渉事ではあなたの主張が通って欲しい!」「そのためのお手伝いをします」というスタンスを、まず取らなければならない。
逆の主張は、書いたとしても読者まで届かないのである。
本当は読者が、いま思ってることを思いとどまったほうが、世の中良くなるかもしれないし、読者自身にとってもその方がいいかもしれないのに……。

ということを、当たり前のことかもしれないが、なぜか今日急に思った。