さいきん思い立って、また筋トレに挑戦している。
しょっちゅう挑戦してはくじけているが、人生トータルだと結構運動になってるんじゃないだろうか。
筋トレをして、プロティンなんか飲んでいたら、昔の同僚Oさんのことを思い出した。

Eugen Sandow, "Body Building" Wellcome L0026308
30歳ぐらいのとき、ハケンでフリーランスのプログラマーをやっていた。
この時期はいろいろあって、経済的にも精神的にも、人生の負のピークであったが、思い返してみると楽しいこともいっぱいあった。
派遣先のソフトハウスのプロジェクトリーダーはOさんと言う人で、まだ社会に出たてみたいな若者だった。

いつかは上司が年下、という状況が来るものと思っていたが、思っていたより早くて少々戸惑った。
ところがこのOさんがイイヤツで、ぼくのことも気に入っていたようで、いろいろ話をして楽しかった。

ぼくは朝が弱くて、しょっちゅう遅刻していた。
するとOさんが「深澤さん、一緒にこの回りを毎朝5分ジョギングしませんか」と言う。
ハケン先は郊外の森の中にあったのだ。

こんな提案、イヤな奴にされたら一蹴するところである。
でもぼくは気に入って、毎朝トレーニングウェアに着替えてビルの回りを一周した。
男二人、アキレス腱を伸ばすところから始める一日も意外と良かった。
走りながらOさんは「毎朝30分ランニングとか言うと絶対続かないけど、5分だったら続くし、結構身になりますね」とか言っていた。

実はOさんは趣味でボディビルをやっていた。
本人に言わせると、ミスター日本の下の、ミスター川崎の、予選に出て、全然ダメなぐらいのランキングらしい。
じゃあ全然ダメじゃん!と思うが、これが一般人と比較すると相当の体格だった。
ワイシャツの上からも胸が動く。

ぼくも筋トレやってみたいから、トレーニングを教えてくれませんか、というと、月水金の分と火木の分をA4の紙に手書きしたのを持ってきてくれた。
「これは典型的なプッシュプルトレーニングと言います。毎日違う部位を鍛えることで、前日鍛えた筋肉を休ませつつ、毎日トレーニング出来るんです。筋肉のためには休み休みやった方がいいけど、精神的には毎日やった方が続くんです」
なるほどー!

Oさんは「深澤さんが大きくなったら、ものすごいことになりますよ!」と言っていた。
期待そぐわず、大きくもたくましくもならず、ブヨブヨのまま別れることになって残念だ。
「深澤さんは足首がいいですよ。足首は才能なんです。鍛えてもそこまで引き締めることはなかなかできないんです」とも言っていた。
へぇー。

ぼくは別に大きくもたくましくもなりたくない。
せいぜいおなかをそぎ落として細マッチョぐらいになりたいぐらいだ。
が、Oさんの話にひきつけられたのは、面白いエピドードがてんこもりで、かつ、論理的で筋道立っているということだ。
ぼくはOさんにすごく色々教えられて、ぼくの人生の血肉になっている。
それを忘れないうちに書き出しておきたい。

「たとえば腕を刀で少し斬ったとします。人間は自然治癒能力があるから、細胞が増殖して傷口を塞ごうとします。しかし、ぴったり元通りにはくっつかないんですね。必ず少し多めに増殖して、古傷は盛り上がっています。これを超回復と言います。筋トレは筋肉を傷つけて、休み、前よりも細胞が多くなることを利用するトレーニングです」

「プロティンはアミノ酸スコアが100になるように調整されたタンパク質です。一口にタンパク質と言っても、リジンとかチロシンとかいろんな分子が混ざっていて、その組成が人間と他の生物では全然違うんです。たとえば豆腐のアミノ酸スコアとか全然低いんですが、これが鰹節を振ると跳ね上がるんです」

「ボディビル大会に参加するには、まず筋肉を増やし、次に脂肪を減らします。今ぼくは脂肪を減らすフェーズに入っていて、そのために毎朝走っています」

「ランニングで脂肪を減らすのは、脂肪からエネルギーを得るためです。ですから糖分は摂らないほうがいいんですが、ほんのちょっと、キャラメル1つぐらいランニング前に摂ったほうがいいという説もあります。脂肪は薪のようなもので、マッチで火がつかない。それで『焚き付け』のような糖分を入れると、効率よく燃えるそうです」

「最初からあまり沢山の種類のトレーニングはしないほうがいいです。厳しいジムだと、自重と同じベンチプレスが上がらない人には他のトレーニングをさせません。ベンチプレスというのは、裏返しの腕立て伏せです」

「アメリカにはベンチプレスのプロで食べている人もいます。ベンチに横たわって、誰にも上げられないバーベルを上げて、下ろすだけで拍手喝采され、大金を稼ぐ。彼はその一瞬のために、毎日ものすごくいろんなことを考えてトレーニングをしています。それを観客はみんな知っているのです」

「アメリカ人は本当にスポーツが好きです。休みの日は学生のバスケットを見に行ったり、フットボールを見に行ったりします。街のどこかで、いつも盛り上がってるんですね」

「ワールド・ゲームズという大会があって、これは裏オリンピックと言われている、マイナー・スポーツの祭典です。空手とかが人気あります」

「アーノルド(シュワルツネッガー)が昔出ていた、パンピング・アイアン(鋼鉄の男)というビデオが面白いです。昔「超人ハルク」の変身後の姿をやっていたルー・フェリグノが、父親と一緒に必死に世界的なボディビル大会、ミスター・オリンピアで勝とうとします。しかし、自力に勝るアーノルドがひょいっと勝ってしまう。そして、相手にリベンジの機会を与えずに引退してしまう、その人間ドラマが面白いんです。今度ビデオをダビングして持ってきます」

「パンピング・アイアンには続編があって、『カムバック』というんですが、いったん引退したアーノルドがまた勝つところが描かれてます。これも持ってきます」

「アーノルドはトレーニング中のイメージの持ち方について語っています。ベンチプレスをするときは、バーの両側に地球がついていると思うそうです。ランニングをするときは、全身が燃え盛っていると思うそうです」

「(トレーニング・ジムを経営する男が、横浜で消火器を振り回して人を撲殺した、というニュースを聞いて?)彼なら知っています。すごい有名人です。あの人はやっている、とみんな言ってました。ステロイドです。ステロイドを使うと猜疑心が強くなって、それを打ち消すために覚醒剤を使っていたらしいですね」

「レスラーのダイナマイト・キッドもステロイドを使っています。彼は来日するときはいつもすごいマッチョなのに、地方を巡業するとどんどんしぼんでいくんです」

「むかし両国に住んでいた時は、大相撲の寺尾さんと同じジムに行ってました。気さくな人で、いろいろ稽古の話を聞きました。寺尾さんが関脇に昇進した時、ジムの仲間で祝賀会をやったんです。1人1万円会費を取って、100人で会をしました。料理代は50万円です。残りは寺尾さんです。つまり、関取を2時間拘束したら、50万ぐらい包むのが常識ということです」

「腕立て伏せは自分のため、腹筋は見せるため、スクワットはセックスを強くするために鍛える、と言っている人がいます」

などなど。
この50倍ぐらいいろんな話を聞いた。

もちろん仕事の話もした。

「ぼくがプロジェクトリーダーとして仕事を振ると、メンバーにはその仕事はやりたいとか、やりたくないとか言います。でもときどき不思議になるんです。なぜ仕事なのにやりたいとかやりたくないが関係あるのか。だれかがやらないといけないのに」

ぼくは今も、やりたい仕事とやりたくない仕事がある。
でもOさんが納得できるように、うまく説明する答えが、いまだに見つからない。