このブログだが、ひどい時には1回ぶん2時間も掛かっている。
こんなしょうもない内容なのにひどいことだ。
夜の8時ぐらいから書き始めて10時ぐらいになっているのである。

Monitorul Oficial al României. Partea a 2-a 1943-10-19, nr. 245
掛けた時間の内容を精査してみると、文を書いていて詰まってしまい、しばらく呻吟して、変なインターネットを見に行ったりして時間をつぶしている。
気が散って時間が経ってしまうのだ。
最近はさすがに学習して、気が散っている自分に気づくと休憩を入れたり、その辺を歩き回ったりするようにした。
文章を書くのも、インターネットを見て時間をつぶすのも、椅子に座り、液晶を見ながらキーボードをタイプしているのは同じである。
だったら、違う姿勢ではっきり休んだほうがいい。
ネットを見るにしてもベッドで横たわってiPadで見るほうがいいのである。
その方が「サボっている」という自覚が出る。
文章を書いていながら、ついついネットを見てしまうのは、仕事と同じ姿勢で、体の同じ部位が疲れるのに、生産はできていないので、本当に良くない。
仕事に使うパソコンはネットにつながなければいい、という意見もある。
確かに仕事は進みそうだ。
でもぼくなんかネタを仕入れるのも、人と連絡するのもネットを使っているから、なかなかそうはいかないのである。

ブログに関して言えば、午前中に30分掛けて半分書いておいて、その後普通に他の仕事をしたり、飯を食ったり休んだりして、夜9時におもむろに続きを書くと、30分ぐらいで書き上がってしまう。
朝30分、夜30分で合計1時間だ。
時間が半分に短縮されるのである。

分割するだけでなぜ時間が短縮されるのであろうか。
これは、途中までで中断して、休んでいる間に、無意識に、続きを考えているからと思われる。
仕事をキリの悪いところで中断することで、ああでもない、こうでもないと脳内の別タスクとして文章を制作が続いている。
その蓄積を夜に解放することで、一気に残りが進む。

子供の頃、母が、カレーを作った後の汚れた鍋を、その日のうちに無理に洗わないで、水に着けて翌日まで置いておくと言っていた。
夜の間に汚れが取れて、翌朝洗うとするっと汚れが取れるというのである。
これを「時間が仕事をする」と言うと言っていた。
これが脳内でも起こるということだ。

もし3時間掛かる仕事AAA、BBB、CCCがあったとしたら、AAA(昼食)BBB(おやつ)CCCとするのはあまり効率が良くないかもしれない。
Aを連続してやっている間に飽きてしまって、サボってしまうからだ。
この場合はABCABCABCとやれば、全体の生産性も効率するし、メンタルヘルスも向上すると思われる。

あと、一日の最後にキリのいいところまでやってしまう、と良く言うが、キリの悪いところまでやるのがいいかもしれない。
本の一章を書き上げたところで終わるのではなく、二章の最初だけ書く。
あるいは、本の一章を今にも書き終わりそうなところで終わる。
すると翌日は、中途半端な仕事を完成させるところからスタートする。
中途半端な仕事を完成させるのは簡単なので、一日の最初を簡単な作業でスタートできる。
これでノリが良くなる。

一章を終わったところで清々して一日を終わってしまうと、次の日は朝からサボって遊びに行こうかという気になる。
二章を書き始めるという大作業からスタートするのも気が重い。
だったら、毎日の最後は「キリの悪いところまでやる」のが効率がいいかもしれない。
キリの悪いところで仕事を抛っているのは気持ち悪いことだから、その気持ち悪さをエネルギーにするのである。