ご案内のとおり、先週1月21日、岡田斗司夫さんと同じ日に(そんなことは別に言わなくてもいい)救急車に担ぎ込まれて緊急入院した。
いま、このブログを書いているのは2月3日であって、今日午前11時に無事完治して退院した。
急性の症状で、わずか2週間の入院であって、病気としては軽いほうだが、ぼくはアレッというところで常識がないので、目からウロコの初めての経験が多く、いろいろ知見が広まったので、今日からある程度まとめて入院記をアップする。
いわゆるチラシの裏、自分用メモという内容であるが、少しでも同様の境遇の慰めになればと思う。
まあ本ブログの他の記事と同じで、暇な方だけ読んでください。

Ambulance-Sendaicity

※写真と記事は関係ありません
1月21日は朝から快調だった。
ブログの記事も昼のうちに動画入りのグッズレポを仕込んだりしていた。
朝から野菜ジュース一本と、豆乳コーヒーしか飲んでいなかった。

おなかが緩かった。
ぼくはもともとおなかがすぐ緩くなる。
ここのところ自炊が好調で、慢性の食べ過ぎだった。

何回か、焦げ茶色の水様便が出た。
さすがにちょっと変だなと思った。
腹痛はなかった。

また排便したくなったので、トイレの前(キッチン)に行くと、急に部屋の壁面が上方向にスッ飛んで行くような感覚を覚えた。
一瞬気絶したらしく、気づくと床に座り込んでいた。
裸のお尻に床が冷たい。
そのへんが血まみれになっている。
下血である。

立ち上がろうと思ってその辺の棚に手を掛けようとしたら、キッチンに設置している通販で買った「スリム突っ張り棚」が斜めになっている。
さっき気絶したときに一緒になぎ倒したらしい。
どういう原理かよく分からない。

着ていたシャツを脱いで、その辺を適当に拭い、きれいなトレーナーを着て、ベッドに横たわった。
コードレス電話で、119に掛けた。
下血で立ってられません、と行って、住所氏名、アパートの部屋番号を伝えて切った。
上の階に住んでいる大家さんにも電話した。
財布、携帯、常備薬、保険証を入れているミニショルダーを持った。
サイレンが聞こえたので、ドアまでどうにか辿り着いた。
大家さんも来てくれたので、ドアを開け放ったまま救急車に載った。



最初に病気を書いてしまうが、今回は(完全に確証は持てないが)大腸憩室炎という病気らしい。
なんらかの原因で大腸に憩室という袋状のおできが出来る人がいる。
1つも出来ない人も、何個も出来る人もいるが、ぼくは複数あるらしい。
で、便秘が最大の原因なのだが、これらの憩室を便が裂いてしまうと、出血する。
だから、油物を控え、繊維質を増やして、柔らか目の便を滞留させないようにすれば防げる、と言う。

今回良かったのは、すぐに救急車を呼んだことだったらしい。
(「これは救急車だよ!」と年配の看護師さんに言われた)
今日日、「重症でもないのに救急車を呼ぶ」というのがマスコミ的に問題になっているが、ぼくの場合、掛け値なしの重症であって、意識があるうちに救急車を呼んだのが良かったと後で言われた。
必要もないのに救急車を呼ぶ人って、本当に大問題になるほどいるんだろうか。
よく分からない。
いわゆる「貧乏でもないのに生活保護を受けてパチンコに行く人がいる」というのと一緒で、レアケースをガタガタ騒ぎすぎなのではないだろうか。
病気は、重症かどうか、医者でない人には判断がつかない。
やはり安全側に倒して「危ないな」と思ったら呼ぶようにした方がいいのではないだろうか。
とりあえずぼくは呼んで正解だったようだ。

あと、財布と保険証、携帯電話、薬を、ミニショルダーに入れて常に持ち運んでいる習慣が役立った。
糖尿病になって薬を持ち運ぶ必要から始まった習慣だが、このおかげで咄嗟に身支度が出来た。
たまたま病院で読んだ「三国志(吉川英治版)」に、魏の覇王曹操がいつも手持ち荷物を小袋に入れて歩くという話が、彼がいかに実のところ小人であるかを示すエピソードとして語られているが、曹操と同じ習慣が身についていて結果的に助かった。
また、同じアパートの上の階に大家さんが住んでいて、普段から良好な人間関係を持っていたこと、部屋の片付けのコツを覚えて、まあまあきれいな部屋だったことも良かった。

ということでぼくを載せた救急車は夜の街へ走りだした。
午後7時であった。