多国籍企業にずいぶん長い間勤めていた。
翻訳会社である。
たとえばアメリカの製品を世界に売り出すときは、アメリカのお客さんから原文(箱とか取説とか)をもらって、中台日韓(これをCCJKという)、仏伊独西(これをFIGSという)、ブラジルのポルトガル語、ロシア語、その他に翻訳する。
そういう仕事をしていたので、外国の人とたいへん交流があった。
楽しい思い出が沢山ある。
Coke korea-japan wcup 2002
とうぜん国によって国民性というのがあり、「この人はこういうところが好きだな、xx人だからかなー」、「こういうところがちょっと付き合いづらいな、xx人だからかなー」と思うことはある。
日本国内でも、関西人はこうだとか、九州人はこうだとか(おいらは大分県別府市出身である)いうのと一緒である。
しかしみんな仕事の仲間だし、外国人と話すのは楽しい。

韓国からデイヴィッドという人が日本に来て、しばらく一緒に働いていた。
ぼくが知っている範囲でだが、韓国の人というのは世界中でも日本人に一番近い。
シャイで、あまり自己主張をしない。
あと、真面目である。
儒教精神が身についている。
おおまかに言うと、昭和の日本人という気がする。
個人の感想です。

で、彼が国に帰ることになって、会社で送別会を開いた。
大変な盛会であって、みんなが別れを惜しんだ。
彼は専門の音楽教育を受けたという変わり種で、ピアノが得意らしかったが、聴く機会がなくて残念だったね、という話をした。

カラオケに行った。
それで、デイヴィッドが急に「深沢さん、『倉木麻衣』の歌を歌ってください」と言った。
なんでまた急に。
ぼくはけっこう歌自慢な方で、むかし名古屋で働いていたときに、スナックで見知らぬおばさんに「お兄さん歌がうまいから郷ひろみの歌を歌ってよ」と言われて、歌ってやると、ブランデーを奢ってもらったこともある。
それ以来のリクエストであったが、せっかくだから「名探偵コナン」を見て知っていた「Secret of my heart」を歌った。



ぼくの歌が気に入ったらしく、たいへん感動していて、ぼくもうれしかった。
今後の予定を聞くと、会社をやめ、脚本家になる勉強を始めるということだった。
よく覚えていないが、韓国では国策としてエンターテインメントのクリエイターを作る政策をしていて、補助金を受けて学校に行く的な話をしていたと思う。
今はどうしてるんだろうか。



ぼくは東京に来てしばらく、あまり田舎の親と連絡を取らなかったのだが、親が病気になってからはしばしば帰郷するようになった。
それでびっくりしたのが、親が韓国ドラマにハマっていたことである。
日本のドラマよりもスジがあって雄大で面白いそうだ。
ぼくも2〜3回見たが、「大映テレビ」的で面白いと思ったものの、そこまでハマりはしなかった。

東京に帰って気づいたのだが、BOOK-OFF的なところに韓国製のDVD-BOXが大量に安く売っている。
買って送ると喜ばれるので、何個か送った。
すると、親はあるとき、もう韓国のドラマは送らなくてもいいと言った。
「どうしたの」と聞くと、あまりにも日本のことを悪く描いているので暗い気持ちになるから、ということだった。
へぇーと思った。
その頃は世をあげて「韓流ブーム」だったから、そんなこと思いもよらなかったのである。
中身を見もしないで送りつけて、悪いことをした。
それからは「24」とか、「LOST」のような、アメリカドラマを送ることにしたのである。

最初の数本は面白がっていたから、韓国ドラマでも見たくないほど反日的なのと、そうでもないのがあるらしい。
ハリウッドの西部劇でインディアン差別的なのと、そうじゃないのがあるぐらいの感じだろうか。



こういう話をあまり頭がいい人はインターネットに書かないが、ぼくはバカだから書いてしまうが、さいきん韓国と日本との関係が険悪になっている。
昔から、若い人の一部が民族主義に発する過激な発言をしているのは知っていたが、まあそういうのは世界中どこにいってもある不幸な現象だから、自分では関与しなかった。

しかし、最近は、普通に仕事の打ち合わせ相手とか飲食店の大将で、天気の話をするように韓国批判をする人がいる。
ぼくはあまりそういう話がしたくないたちなので、いまいち会話をしていても調子が出ない。
困る。

もちろん日本と韓国の間には領土問題があるが、それは中国やロシアとの間にもある。
それだけでは現在の日韓間での異常なセンチメントは説明できない。

しかし、容易に想像できるのは、韓国でも日本人批判が流行していて、日本よりも遥かに盛り上がっているであろうことである。

ところが、これは、韓国の政府や教育行政が悪いと思う。
テレビの報道番組でやっていたのを曖昧に記憶しているだけの話で申し訳ないが、韓国では「日本人は竹島を返せ」という趣旨の子供を対象にした絵画コンクールをやっているそうだ。
この絵がひどくて、富士山が爆発して日本が飲み込まれているところとか、日の丸が燃え上がってるところとか、子供が絵に描いているのだ。
テレビを見ていて、暗澹たる気持ちになった。

とうぜん子供が自主的にこんな絵を描いているわけはなくて、学校の先生がやらせているのだ。
震災前に日本の先生が子供にやらせていた「原子力推進ポスターコンクール」と一緒である。

日本の歴史教科書がとかく問題になるが、これもテレビ情報だが、韓国の教科書はもっとひどいそうだ。
1ページごとに日本について書いてあるそうである。
そんなことで子供の教育は大丈夫だろうか。
そんな特定の外国のことばっかり偏って教えている教育で、教養が身につくのか大変うたがわしい。

とりあえずそんな教育を受ければ、誰でも反日的になると思う。
先生が好むような絵を描けば学校で賞をもらえるし、歴史のテストで先生が好むような答えを書けばいい成績がもらえるわけだ。
これでは教育なのか洗脳なのか分からない。

子供にとって、学校でいい成績を取るかどうかは死活問題だ。
学歴につながるし、収入や地位につながる。
家に帰ればテレビで日本を批判するドラマをやっている。
そういう国で親日的に育つのは大変むずかしそうである。

ではなぜそんな教育を子供に施しているのだろうか。
よく言われることだが、一般庶民の経済的な問題や、政府に対する不満、格差社会に対する不満を逸らして、国家の求心力を高めるためかもしれない。
ナチスのユダヤ人迫害をわざわざ持ち出すまでもなく、昔から世界中で行われてきたし、今もあちこちの国で行われているという悲しい現実がある。
もし彼らが、そういう方針で教育を行っているなら、文明も進歩し、世界もグローバル化しているこんにちにおいて、たいへん不幸な話である。

日本は幸いにして、今のところそういう状況ではない。
先生が生徒に特定の外国が爆発している絵を描かせるコンクールをやったり、1ページごとに特定の外国の話が出てくる教科書を使わせるということは、当面ありえない。
日本の教育水準は高く、毎年のようにノーベル賞学者が輩出している。

日本は豊かで平和だし、景気も長年の低迷を脱して上向いているという話である。
日本人の良さは穏やかで、話し合いを重んじ、他人に優しく親切なことだと、ぼくは思っている。

とりあえず日本政府が国是として、安直な求心力を求めて反外国教育を始めないことを祈るばかりである。
日本の良さを損ねてしまうと思うのである。