ぼくが最も尊敬する作家は、アメリカのアイザック・アシモフと言う人だ。
アジモフが正しいという説もある。

Isaac Asimov on Throne
アシモフはもともと科学者を志していて、生化学の博士号も持っているが、そのうち作家になった。
たいへん多作で、内容が多岐に渡る人で、以下の3つが有名である。

(1)科学エッセイ

この分野が最も彼の偉大な功績であろうと思う。
科学的な内容を面白おかしく伝える仕事を、最近ではサイエンス・コミュニケーターと言うそうだが、その偉大な先駆者である。

(2)SF

これが有名で、たぶん世間的にアシモフというとエスエフ作家として認知されていると思う。
ハードSFと呼ばれる分野で、科学的な内容を首尾一貫して書いている。
最も、あまりにも首尾一貫して書くと普通の自然主義文学になってしまうから、科学の中に何個かの「もしも」を、矛盾しないように持ち込むのが普通である。
「もしも光速を超える宇宙船が出来たら、人類はどのように宇宙に進出するか」
「もしも人間なみに賢いロボットが出来たら、社会はどう変わるか」
などを書きながら、ハチャメチャ(日本のSF用語ではハチャハチャと言っていたと思うが、もう流行らないのだろうか)にならず、真面目にその可能性を追求するのが普通である。
もっともそれはたてまえであって、ある程度ご都合主義を取り入れている気がする。
あまりにも説得力と迫力が勝っているので、読者がご都合主義の部分を忘れてしまう、という状態が正しいと思う。

(3)推理小説

もともと推理小説とSFは親戚の分野だと思われている。
日本でも創元社と早川書房という2大出版社がこの2つを同時に売っている。
読者もこの2つを兼ねて読んでいる人が多い。
不思議なことが起きる、合理的な説明がある、という点で猟奇的で理屈好きな人が読む本である。

ただ、推理小説とSF小説は同じ「不思議+理屈」の世界であっても方向が逆だ、という論もあった。
推理小説はまず不思議(密室殺人や童謡が現実になるなど)があって理屈の世界に収斂する(犯人とトリックが解明される)。
帰納的である。
一方、SF小説はまず理屈があって(物理法則の改定、未来の超発明など)不思議の世界に発散する(人類が宇宙に進出したり、不思議な事件が続発したりする)。
演繹的である、という。
誰の論であるか忘れてしまった。
(小林信彦氏であったかとも思う。)

アシモフはこれをあえて組み合わせ、ロボット刑事ダニールが活躍する「SF推理小説」を書いた。
第1作「鋼鉄都市」は、ロボットが社会に進出して人間と軋轢が生じている社会で、絶対に殺人を犯せないはずのロボットが、人を殺してしまったとしか思えない事件が起こる、という話である。
これを、ロボット刑事ダニールと、ロボット嫌いのやさぐれ刑事が協力して捜査する、というゾクゾクする趣向である。

SFミステリーは難しい。
というのは、推理小説は厳密には「クイズ小説」になっていて、頭のいい読者であれば真相がわかるはずである、というたてまえのものだからである。
犯人が超兵器を使って犯罪を犯したり、刑事が超発明を使って事件を解決したりすると、アンフェアになる可能性がある。
しかしながら、超発明をうまく読者に説明しながら、それをストーリーに絡めて推理小説を書くという手法で作品を書いたアシモフは、やはりうまいなあと思う。

他にもSFミステリーを集めた「アシモフのミステリ世界」というアンソロジーがハヤカワ・ポケット・ブックで出ていた。
(「ミステリ」という表記がぼくが嫌いな音引き削除であり、時代を感じさせる。)

SFミステリーを標榜していないアシモフのSF作品も、やはり謎解き的な要素が多い。
後期の傑作である別の宇宙から送られてきた物質を使った画期的な発電をめぐる騒動を描いた「神々自身」など、あまりにも首尾一貫しているのでオチが読めてしまった。
しかしながら、「オチが読めるほど首尾一貫している」という感動もあった。
(この「神々自身」を訳したのはダニエル・キース「アルジャーノンに花束を」を訳した小尾芙佐さんであるが、どちらの翻訳も天才的な労作である。)

さて、アシモフは科学的におかしなことが起きない(超発明が出てこない)純ミステリー作品をいくつか残している。
SFでないミステリーの長編は、彼にとって書くのが大変らしく、数が少ないが、特に面白いのが「象牙の塔の殺人」である。

もともと「The Death Dealers(死の商人)」という題名だったが、やがてと「Whiff of Death(死の匂い)」いう題名に変わる。
日本では最初「死の匂い」という題名で文庫が出ていたと思うが、やがて「象牙の塔の殺人」という独自の邦題が作られている。

実は、最近科学界を舞台にしたスキャンダルが新聞テレビを賑わせているので、この小説を思い出して、紹介するブログを書こうと思ったのである。

化学の実験室で学生が死ぬ。
この小説の面白いのは、一番疑わしい人物である、どうしても疑われてしまう科学者の視点で描かれているということである。
彼は自分が犯人ではないと知っているが、自分の身の潔白を証明するにも、真犯人を見つけるにも化学に精通している必要がある。
アシモフが実際に所属していた科学界を舞台に描かれた小説であるので、「研究者の世界にはこんなことがあるのかなあ」という興味を持って読めた。
例の事件について興味がある人は、古い作品だが読む価値はあると思う。