2013年11月9日、阿佐ヶ谷美術専門学校で開催された「ポ界3」の(2)、モノタイプ社の小林章さんによる「字の形・字でない部分の形」に参加した。
前回の鳥海さんの講義に続いての参加である。

 イジハピ! : 【第436回】タイポグラフィの世界3の(1)に参加した!

このセミナー、開催に気づいた頃にはすでに大入り満員で申し込みが打ち切られていたが、ダメモトで主催者の方にキャンセル待ちは出来ますかと別のセミナーのフォームから連絡したら、後でキャンセルがあって出席できた。
定員100名、ぎっしりだ。

小林章さんはモノタイプ社(旧ライノタイプ社)のタイプディレクターとして、日本人でありながら欧文のフォントのデザインをされている方だ。

 小林章 - Wikipedia

以下、例によって、ぼくが聞き取った範囲でぼくが理解した内容を書く。

今回はちょっと、画像が多い講義なのに全部言葉で表現しているので、なんとなく意味がない感が全開だが、記録としてご笑覧ください。
司会の小宮山さん:
今日は小林章さんをお呼びして、「字の形・字でない部分の形」というお話しを伺います。
レターフォームとカウンターフォームの形かなと思う。
小林さんはここにお呼びするのが大変難しかった方です。

小林さん:
今日は話の途中で、みなさんに質問することがあります。
ぼくはタイプディレクターをやっているんですが、書体デザイナーは、理想を追い求める芸術家というよりは、使ってもらって意見を聞いているので、自分一人で話をするつもりはないです。
みなさんも、小林の言うことだからと鵜呑みにしないで、自分で考えて確かめてください。
では、字の形の話から入ります。

字の形

さっき小宮山さんに、フォームとカウンターフォームという話をされてしまったんだけど、そのものズバリです。
字と、字の周りにある白い空間の、両方の話をー気にします。

まず、私がやった仕事の話をします。

(2009 May とキャプションのついた写真を表示して)

これはアドリアン・フルティガーさんとの共同作業をしたときの写真です。
フルティガーさんは、日本のJRの番線の表示とか、空港の案内の表示などに使われている、フルティガー書体をデザインされた方です。
非常に識別性が高い書体とされています。

 フルティガー - Wikipedia

このフルティガー書体を、ノイエ・フルティガーとしてぼくとフルティガーさんが共同で改刻することになりました。

(フルティガーとノイエ・フルティガーを比較する)

  Neue Frutiger

もとのフルティガーは5ウェイトしかなかったのを、10ウェイトに増やしました。
そのイタリックと、それぞれのコンデンス体があるので、合計40ウェイトになります。

普通、新しいファミリを作ると、太さが違うから古いのと混ぜて使えない。
でもノイエ・フルティガーは、もとのフルティガーにあった5ウェイトと同じ太さにしてあるから、混ぜても使えます。

スイスのベルンのアトリエで、フルティガーさんが、昔のフルティガーの良くない点に赤を入れます。
大文字のCは細くしてくれとか。
ぼくも、どちらかというと。ここはこうしたらいいんじゃないかとか、逆提案していました。

(Sの字の新旧を比較する)

古いSは、上のカーブが急なのに、下のカーブがなだらか。
カーブが整理されていない。
それを直した方がいいんじゃないか、と、水色のマークを入れている。

日本人なのになぜ欧文のタイプデザインが出来るのか。
形を見る目さえあれば、フルティガーさんと一緒に一緒に仕事が出来る。

錯視

お手元にハンズオンを配ったので見てください。
これは、錯視の例を上げたものです。

さくし

左上の3つの線はありがちですね。
左右に斜めの線をつけると、真ん中の線の長さが変わって見える。

あと、右上の黒い四角は、上半分を円にしただけで、高さが変わって見える。

次は、正円を、上下半分に切って、左右に並べて波形にしたものです。
波形が滑らかに見えるでしょうか。

あっ、プロジェクターの円が正円に見えないね。
左右に広がっている!
これ、(スタッフさん)誰か直してくれますか。

まあいいや、みなさんはハンズオンを見てください。

どうですか?

(会場の方A:不自然に見える)

どこが?

(会場の方A:つなぎ目が角に見える)

そうですね。
底はいいけど。

次は、正円を6つ、六角形に配置して、直線で結んだだけのものです。
自然に見えますか?

(会場の方B:ゼリーみたいに見える)

ゼリーみたいですか(笑)。
ぼくは、直線が内に反って見えるんですよね。

下は、やっぱり、直線と正円をつないでUの字にしただけのものですが、どう見えますか。

(会場の方C:パタリロの顔みたいに見えます)

ううん、今日は表現が色んな人がいるなあ。
ぼくは、丸が角に見える。

黒く塗ると、膨らんで見える。
ホームベースみたいに・・・。
頂点が下がって、張り出して見える。
弧が直線に見える。
ホームベースに見える。

で、右下端は、それを直した。
円弧の始まりを早くした。
これは正しい円弧じゃないように直したのに、かえって円弧っぽく見える。

次はぼくが作った、Cliffordという書体の使用例です。
これはある写真集の本文ですね。

(会場から質問:なぜ不自然に見えるんでしょうか)

理論的には分からないです。
パウル・レナーさんがフーツラを作ったころから、直線と円弧はつないじゃいけないって言われてたけど、なぜかは分からないです。

(質問:仕事をしていて気分転換するのはどうされてますか)

別の仕事をします(笑)。
常に2書体か3書体、平行で進めてるので、切り替える。
セリフからサンセリフヘとか。
それでリフレッシュします。

次はスライドを見てください。

正円を50%縦長の楕円にしました。
でも楕円に見えない。
菱形に見える。
ダイヤ型◆に見える。

だから横をつぶして(左右を垂直にして)やる。
すると丸く見える。
数字のゼロとして落ち着く。

楕円として理屈が合うのはもとの形なのに。

つまり、大事なのは、どうやって作ったかではなく、どう見えるか、ということになります。

次は、ぼくがCliffordを作った時の話をします。

 Akira Kobayashi on FF Clifford | The FontFeed

これは、ぼくが1751年の本の細い字体を見て、いいなあと思って作ったものです。
元の本はラテンですね。
新しいローマン体。

金属活字のデジタル化ですが、活字は揺れている。
インクのつきが悪かったり、活字が欠けていたりする。
だから、スキャンではない。

(本の活字とCliffordの比較)

今日はじめて並べて見てみたけど、全然ちがいますね。

雰囲気は似てるけど、正確なコピーではありません。

(Times RomanとCliffordの比較)

Times Romanはいい書体なんですけど、Cliffordと並べてみると、eの左側が尖って見えるんですよね。
nの縦線が反って見える。

aは縦棒を右に傾けた。
傾けないと、左に傾いて見える。
tも。
sも右に傾ける。
この3文字が代表的ですね。

wyは、谷が尖って見えるので補正する。
yの右角は、谷を開いた関係で折れるんですけど。

金属活字の、見出し書体と本文書体は、同じ字の拡大縮小ではありません。
ものが違う。

これはカスロンの見本帳です。

 書体見本マニア2:Caslon : デザインの現場 小林章の「タイプディレクターの眼」

見出しと本文はまったく違いますね。
Cが違う。

これは、カスロンほど古くない、1920年の本ですが、違うサイズの字を比べると書体が全然違います。
それがいい。
デジタル化するとガッカリしちゃう。

で、6ポイントと、9ポイント、18ポイントと、字体を変えて見た。
このフォントは国際的なコンテストで一位を取ったんですよ。

wという字などは、大きい字はくるんとループしている。
こんなの、小さい字でやっても潰れちゃう。

だから、どうやって作ったかではなく、どう作ったかが重要になります。

これも、直線と円弧をつないだら滑らかになるはずだけど、ならないのと一緒です。

(会場から質問:ソフトは何を使われてましたか)

フォントスタジオを使ってました。

(会場から:サイズと大きさの関係についてですが、欧文は大きいほど細いように見えます)

大きい字はメリハリがつけられるんですよね。

(会場から:小林さんが参考にされた古い本に、,の前にスペースがあったり、!の前にスペースがあったりするように見えます)

昔はこういうのあったんですよ。
ある種かっこいいけど、今はやらない方がいいでしょうね。

(会場から:作る順番はどうなさってますか)

まず、5〜6文字を、単語にしてスケッチします。

(※もう1個質問があったんですが、メモが分からなくなっているので割愛します。スミマセン)

字でない部分

次はカウンター・フォームについて。

たとえばaという字には、上下に空白が内包されています。
この空きの部分です。

これは、フルティガーさんのアトリエにあった、切り紙細工です。

 チーズ(1) : デザインの現場 小林章の「タイプディレクターの眼」

これはスイスの伝統工芸です。

Bettina von Arnim, Scherenschnitt Jagdszene, vektorisiert

私も、イギリスで勉強する時、字を切り抜いていたんですよ。
べつに役に立つと思わなかったけど、役に立ちました。

これは、街で写真を取った、マクドナルドのロゴです。
なんか変じゃないですか。

(会場:Dとoの内側の空間がずれている)

その通りですね。

これはフランスのadidasです。
ひどいよね。
ひどすぎてかわいい。
これは、熱で、抜いた部分が下がってきちゃったんだね。

字体を見るとき、ネガとポジを逆転して、黒の白抜きにすると、昔の字の変なところがわかるんです。
内側と外側を逆転してみる。
ネガとポジを逆転する。

(IIIおよびDINという言葉を、Helveticaと、小林氏のAkkoで比較した図を示す)

これはAkkoってフォントだけど、文字の間を広めにしました。

 Download Akko™ font family - Linotype.com

IHとか、IとHの空間が一緒になるように。
バランスが取れるように。
まったく同じでなくても、そんなに差がないように。

MWを見てください。
Helveticaは密集して見えます。
Mの下の空きが小さく見えます。
字間が空いて見えます。
だからAkkoでは、斜めの線を縦っぽくしてみました。

白黒を逆転してみます。

次はNeue Helvetica Condenced Blackです。

(HOOHHという字を示す)

デフォルトの字間だと詰め過ぎに見えます。
なぜだめか。
説明しにくい。
ゆったり空けた方がいいと思います。

Oという字の内側は字形に関わるから変えられなくても、字の間は変えられます。

字の内側の空間と、字の間の空間のバランスを取ります。

デフォルトの字間は小文字も組むから詰めぎみになっています。
小文字も書く普通の文章で、字間を広めにするとパラパラに見えます。
でも、大文字だけで組む時は、デフォルトだと詰まって見えます。
大文字だけ並べるなら、空けて見るといいかもしれません。
2つ作って、並べるといいかもしれません。

これはMETROPOLっていうロゴです。

外国で暮らしていて、たまに日本に帰ってくると、日本の欧文のロゴのバランスが変に見えます。

原稿用紙の枡目感覚なんでしょうね。
METROPOLだと、Oに合わせるので、ETLが広いと思います。
Mは狭い。
1文字1枡から抜け出せない。

空間を見ます。

MとEの間が狭い。
Mの上の間隔が大きい。
下の間隔は狭い。
Eは広い。

OPの間が狭い
ROが広い。
リズムが変です。

字間と、字が内側にかかえている空間があります。
Mは広げて下の空間を空けます。
MEを離します。
ERPLは狭いです。
Oは広いです。

カウンターの分散という考え方。

1文字1枡でやっちゃだめだ。
これは、フォントとロゴで違います。
ロゴは使う字と順番が決まっているから、字間を自由に変えます。

(作成の過程を図示する)

まず黒い棒を、白い棒で区切って行きます。
部屋に仕切りをつくるように。
空間を割り振って行く。

白みの分散の話をしましたが、黒みの分散も大切です。

ノイエ・フルティガーでは、yの内側を微妙にカーブさせて尖らせています。
食い込みがあった方が落ち着きます。
黒みが目立たない。
交点の真っ黒間を見せない。
ノイエ・フルティガーは尖らせています。
Akkoは左右に張らせています。

まとめ

* どうやって作ったかではなく、どう見えるか
* 見た目でそう見えるバランスを探す
* 字でない部分の形、カウンターを見ること
* 単語はカウンターの分散のしかたで決まる
* 文字の黒みの分散にも気を配る

質疑応答

(会場:日本語は活字の歯送りで等分に作る感覚があるけど、欧文はもともとプロポーショナルだから、違いがあるんじゃないでしょうか)

そんなことないですよ。
欧文だってタイプライターは等幅。
タイプライター・フォントの需要はあります。

つい最近ぼくもタイプライター・フォントの設計をしました。
同じ字幅でもダメにならないようにします。
たとえばmwの、真ん中の二画は狭くしたりします。

(会場:ノイエ・フルティガーの前に、フルティガー・ネクストがあったと思うんですが、それとノイエの違いを教えてください)

ネクストは、私がライノタイプに入る前に作られたもので、イタリックのaが違ったりします。
(一階建てになっている。)

(会場:日本で欧文のクォリティーを追求するチャンスはあるか)

ぼくが学生時代やっていたのは、洋書の、ファッション雑誌やスポーツ雑誌や、自分が好きな雑誌を買ってきました。
雑誌の古本屋がありますよね。
私の本を一冊買って暗記するだけじゃなくて、私の本を買ってくれるとうれしいんですけど、それだけじゃなくて、安い雑誌を沢山買ってきて、この字はいいなあとか、研究するといいと思います。

この字はあんまり合ってないかもしれないとか、批評的に見ます。

(会場:そうじゃなくて、聞きたかったのは、日本で欧文を作ったり、勝負するチャンスは得られるかということです)

それはコンテストとかに応募してみるんですね。
ぼくも1990年に、アメリカのITCのコンテストに応募しました。

(会場:錯視のハンズオンの話ですが、Uの調整は分かりましたが、六角はどう調整するんですか)

ぼくは外側に張りますねー。

(会場:それはアンカーポイントを足すってことですか)

そうです。
急に専門的になったな(笑)。

(会場:波線は結合したときだけ直しますか)

そうです。結合したところだけ。

(会場:いぜん会社で、外国人相手にプレゼンしたことがあって、sとか8とかは上下のスペースを変えないとバランスが悪いでしょ、それと一緒で、日や目も上下でスペースを変えるんですよって話を、スライドの上下を反転させて見せたら、よく分かってもらえたことがあったんですが、山って字の左右のスペースを変える理由は、分かってもらえなくて、やる必要があるのかって話になりましたが、どうでしょうか。田とか、右が大きい方が安定する気がします。右を大きくしないと、左右一緒に見えないんです。欧文も、Mの左右は変えますか)

ぼくは意識したことないなあ。

(会場:以前学生に真っ白い紙を渡して、中心はどこかマークさせたところ、左上が圧倒的だった。それは重力があるからと、大多数が右利きだからって話があります)

なるほど。
視覚的中央は、右利きさから来ている。

(会場:心臓が左からって話もあります)

(会場から別の質問:フルティガーで、軽い字を増やした理由はなんですか)

昔は注意を引くものは太くしろって言ってたんですが、ごみの分別の表示とか、最近は細いんですよ。
これはフォントのふしぎって本に書いたんですが。

ルフトハンザのロゴとか、昔はボールドだったけど、今はライトです。

表記自体、昔は大文字始まりで、今は小文字始まりってものがあります。
アメリカでポートランドの町に言ったときに、hi portlandって小文字で書いてありました。

今は大声でどならなくてもいいじゃないかっていう風潮で、軽い字が使われます。

(会場から:さっきの左と右とどっちが広いかの話ですが、やはり議論になりましたが、アラビア語だと逆になる字もあります。)

なるほど。

★★★

みたいな感じだった。

ぼくは美的感覚がないので、デザインの話は分からないけれど、それを理論化して苦心している話が大変面白かった。
基本的に、錯視が起こるので、それを調整する、という話が中心だった。
そしてどうしようもなく理論では分からない、という部分に突き当たるのがまた面白かった。

ぼくは昔の本の装丁を見て、ほんの10年前の本でも変に見えるのが不思議でしょうがなかった。
この話は時代と共にさらに研究が進むのだろう。