年を取ると自己啓発系の本を読みたくなる。
ビジネス書だったり、手帳術や仕事術の本だったり、もっと根源的に人生いかに生くべきかみたいな本だったりする。
それほど役に立たない。
年収が20倍になる本と言うのを読んで、自転車に乗る人が急に増えたそうだが、自転車に乗るぐらいでは、なかなか20倍にならない。

最近ではこういう本をディスる風潮もあって、「キャリアポルノ」などと言う蔑称もあるそうだ。
それはそれで言い過ぎ、振り子が逆に振れ過ぎだ。
日本人は(他の国がどうか知らないけど)どうもこの、極端から極端に走る傾向がある。
「自己啓発本はすばらしい!読めば確実に幸せになる」というのも間違いなら「自己啓発本なんてダメだ!読んでもムダムダムダ!」というのも間違いで、真実はその中間にあるだろう。

ぼくは自己啓発本というのは「知のサプリ」「知の栄養ドリンク」のようなものだと思う。
体が元気がなかったら、食事や生活習慣に気を付けたり、もっと積極的にはジムで運動した方がいいと思う。
しかしそれでは何となく物足りないので、手軽にポンとサプリや栄養ドリンクを飲む。
なんとなく元気が、一時的にせよ出るので、その勢いを援用してやりたいことをやる。
ただし、その時点では本当に頭がよくなったり、お金が儲かったわけではないので、調子に乗らない方がいい。
それぐらいの位置づけでとらえるのが正解だと思う。

本屋に行くと、ほんとうに最近こういう本が多い。
蛍光色で「すぐに頭が良くなる!」「x年で何千万儲かる!」「驚くほど成功する!」と大書した本が平積みの山積みになっているのである。
頭がクラクラする。

ちょっと微妙な気持ちになるのは、「意味もなく白人の子供の顔写真の表紙が多い」ということだ。
kodomoBook
確かに白人の子供はかわいいが、内容にまったく関係がないのである。
こういうところが工業製品という感じがして、ちょっとげっそりする。

自己啓発書で面白いのが、エピソード、ちょっとした話を覚えておくことだ。
生活、仕事、人生に役立ちそうに思える。
そういうのをつまみ食いする機会として自己啓発書は良く機能すると思える。

さて、自己啓発書の中でぼくがイチオシなのが和田秀樹氏の本だ。
精神医学者ということだが、多岐にわたる人生本を書いている。

和田さんの本は、人間とはある程度しょうもないものだ、そして今の世の中もなかなかしょうもないものだという「業(ごう)」を踏まえて書いている。
だから、他の、言うところの意識高い系の本に比べて、あまり調子が高くなくて、読んでいて疲れない。
まあぼくの好みに合っているということかもしれない。

どの本にどの言葉が出てきたかもう忘れてしまったが、いくつか紹介してみよう。
すべてぼくの記憶に頼った要約である。

昼ごはんを食べると眠くなる。
また、昼寝をすると調子が上がる。
(ここまでは他の本にも良く書いている)
だから、昼休みはコンビニの弁当を買ってカラオケボックスに行き、弁当を食べた後に小一時間昼寝をして、一曲歌って調子を上げてから午後の仕事に向かうと捗る。

実際にこんなことできるだろうか。
それはさておき、面白い。
確かに理にかなっている。
ぼくは昼食をした後散歩して、椅子で小寝をしてから午後の仕事に掛かっているが、いずれにしても食後の眠気と昼寝の効用は仕事の上で大きなテーマだと思う。

アメリカ開拓時代に、イギリスの育児心理学者が沢山渡ってきて、ネイティブアメリカンの子育てを研究しようとした。ネイティブアメリカンたちは広い国土に遠く離れて住んでいて、通信手段もなくて、子育てはまったく異なっていた。
ある部落では、子供は王侯貴族のようにぜいたくをさせ、明らかに甘やかしすぎであると思われた。別の部落では、チャイルドワークが横行していて、明らかに虐待と思われるほど子供を酷使していた。しかし、どの部落も大人と子供は仲が良く、大人と子供の関係に起因する精神病はほとんど見られなかった。
しかしある時から「イギリスから育児心理学者と言う人々が来たらしい」「我々の子育てを調べているらしい」「子育てには正しい子育てと間違った子育てがあるらしい」「間違った子育てをすると子供は気が狂うらしい」という噂が蔓延して、子供が精神病に掛かった(と主張する)親が現れた。
育児で有名なスポック博士は、最も大切な育児の心構えとして「Trust yourself(自分を信じなさい)」と言っている。

これなどはご自身の専門である精神医学を否定するようなエピソードだと思うが、精神医学が物理の不確定理論以上に測定者の存在が測定自体に影響を与えてしまう以上、そんなこともあるだろう。

9時から勉強しよう、と思ったとする。
時計を見ると8時45分だから、お茶を飲んでトイレに行って、9時きっかりに勉強を始めよう、と思う。
この人は必ずうまく行かない。
8時45分にやる気が出たら、8時45分に勉強を始めるべきだ。
正時(ある時間きっかり)に作業を始めることにはまったく意味がないが、多くのダラダラした人はこのワナにはまっている。

これは相当目からウロコが落ちた。
ぼくはまさにこのワナにはまって今までに何百時間も損をした。
いまはポモドーロ・テクニックで、作業時間を記録してやっているが、やっているとタイマーの押し忘れや、ちょっとした用を果たそうとして、どんどん時間が正時からズレていく。
それでいいのだ。
要は25分作業した、5分休憩した、という実績を積み重ねるのが必要なので、時計はまったく必要ない。
ただ、ぼくなりに付け加えると、ぼくは作業時間(実績)を時間と共に記録することで、この「正時のワナ」を抜け出すことが出来た。

会社で仕事を頼まれる。
いやな仕事でも、断ったら怒られると思って引き受けたとする。
いやな仕事だから能率は上がらないし、どんどん心身は疲弊する。
終わったころには、好きなことをする時間も体力もなくなっている。
会社でも、あいつは時間ばかり掛かってあまり仕事の出来が良くない、いやいや仕事をやっていて暗い奴だ、という評判が立つ。
そこで、いやな仕事はスッパリ断る。
断ってもあんまり怒られない。
あいつはいまどき気骨があるやつだ、面白いやつだと思われる。
そして好きな仕事が来たら飛びつく。
好きな仕事だから頑張れるし、前からやろうと思っていた工夫もするので、あっという間に終わってしまう。
仕事の出来も上々だ。
会社でも、あいつは仕事が早いし出来もいい、やる気があって明るい奴だ、という評判が立つ。
断れない人はどんどん疲弊してうだつが上がらず、断る人はどんどん実績が上がって出世街道まっしぐらである。

これなんかホントカヨーの極致であって、なかなかこうはいかない。
まず、最初のいやな仕事をどう断るか、その言い方が難しいと思う。
あと、どうしようもなく正社員と契約社員(個人事業主)で立場が変わるのではないか。
でも原理は分かる。
日本人はとにかく(他の国がどうか知らないけど)「仕事は遊びじゃない(楽しくなくて当然だ)」「苦労すればそのうち花が開く」という、ストイックを通り越してマゾヒスティックな心性に酔っていることが多いので、このアドバイスは必要なアドバイスだと思う。

他にも、いろいろ面白いことが書いている。
あるものはなるほどその通りだと思うし、あるものはソンナワケナイヨーと思う。
どっちもためになる。
考えるヒントになるからだ。
簡単な文章で、本音をスラスラ書いているので、共感もしやすいし、反論もしやすい。
そこがいい。







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