あまり上品な言葉ではないが、最近「刺さる」という言い方をする。
「その言葉は刺さる」と言うのである。
深く印象に残る(胸に刺さる)という意味であろう。

本を一冊読んで、「刺さる」言葉が1つでも2つでもあれば、その本を読んだ価値があると思う。
もっとも、ひとつの言葉に要約するという現代国語のテストのようなことを考えて本を読んでいるわけではない。
先日読んでいた『「原因」と「結果」の法則(コミック版)』という本では、「デモもストライキもなーい!」という言葉が、悪い意味で、刺さった。
この言葉が、アーこの本ぼくに合わない本!という印象を強めるキーワードになったのである。

さて、今日は一冊のSF小説を紹介したい。
半村良の『岬一郎の抵抗』である。



SFと言っても、宇宙船も超兵器も出てこない。
超能力者は出てくる。
超能力者が普通の、下町にポンと現れたらどんな騒動が起こる、というSFである。
ぼくはこういうSFが好きだ。

そればかり読んでいるわけではないが、藤子・F・不二夫や、ジャック・フィニィのようなSFが好きなのだ。
横丁の角を曲がればそこはもう旅、と言ったのは永六輔であったが、横町の角を曲がればそこはもうSF、というのが好きである。
最初から宇宙や未来が舞台だと、もうお約束の世界であって、あまりSFではないような気がする。
たとえばレゴブロックだと、プレーンなブロックを使って子どもがきちがいじみた構造物を作るところにSFを感じる。
「スターウォーズシリーズ」などといった、立派なキットになっていて、設計図通りに組み立てて、特殊なパーツを載せて終わり、というのは、少しもSFを感じない。
新井素子で言えば「…絶句」が好きだ。



話がそれたが、そういう「日常生活の崩壊」という意味でのSFとしては、半村良の『岬一郎の抵抗』は理想的な一冊である。

構造自体がネタになっている本なので、1行も紹介できない。
まあ下町に超能力者が出てくる、と言うだけでだいぶネタバレである。
とにかく一読巻を置く能わざる手に汗握る本なので、ぜひご一読をお勧めする。

さて、この本で「刺さっている」言葉は、「軍隊はまず自国民に銃を向ける」という言葉である。

普通軍隊と言うと、外国の脅威から自国を守る、というイメージがある。
愛する国を(愛する人を、ということもある)守るために、銃を取って戦おう、というイメージである。
しかし現実にニュースを見ると、多くの国で軍隊は自国民に銃を向け、発砲している。
これはどういうことだろうか。

2013年に、やにわにキナ臭くなっているネットを見て、ぼくは、「軍隊はまず自国民に銃を向ける」という言葉を思い出した。
『岬一郎の抵抗』という小説の、焼けつくような面白さにやられていた、20年前の読書体験をまざまざと思いだしたのである。

また読んでみようと思う。
改めて、初読のときとは違った恐怖感が味わえるだろう。

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