連載の第20回。
今日はサラリーマンの「週末起業」について考える。
というより、友人に絶好のサンプルがいるのである。

ぼくが最初の本を出した1999年ぐらいに(この年はすごくいろいろなことがあった)、ネットの掲示板で福井さんという方と知り合いになった。
その掲示板はいわゆる「特撮」について語り合う掲示板であったのだが、そこで話し合って上映会をしようということになった。
誰が名づけたか上映会の名前は「KTE」。
「怪獣王東京宴会」の略だ。

最初は貸し会議室のプロジェクターで行った。
これはすごく効率が悪くて、値段も高くて失敗だった。
そのうち町の公民館のような場所が借りられることが分かり、軌道に乗った。

いわゆるオタクの集まりであって、面白い人、変わった人といろいろ知り合ったのだが、その中の一人であった福井さんが「ぼくは『撮影』も出来ますよ」と言った。
福井さんは会社で経理をやっていたのだが、映像関係の専門学校を出ていて、ホームビデオを凝りに凝って編集していた。
世の中にはこういう、いろんな才能を隠しながらサラリーマンをやっている人がいるのである。
他のメンバーも衣装の制作などに驚くほどの才能を発揮して、偶然とはいえすごいメンバーが集まったものだなー、と思っていた。

ぼくはこの頃、人生で一番の躁状態であったので、ノリノリで脚本を書いて、メンバーを集め、配役を決めて、ビデオを撮った。
福井さんは凝りに凝って編集をしてくれ、ぼくたちは自分の構想(バカ話)が具現化していくのに狂喜した。
結局6~7本ぐらい撮ったと思う。

ほとんどパロディものであって、公的な発表をするといろんな人の権利を侵害するので出来ない。
例を挙げると、『宇宙戦艦ヤマト』の実写版をぼくたちはキムタクよりも先にやっていた。
まず、戦艦ヤマトのプラモデルを作って、公園の砂場に埋めて撮影する。
こんなことを、ひゃーひゃー笑いながらやっていた。
超楽しかった。

福井さんはぼくたちのビデオの完成度を上げるために、いろいろ機材を買った。
当時まだ珍しかったAdobe Premiereによるノンリニア編集をするために、パソコンを新調した。
当時50万円以上したVAIOである。

時間もバカにならない。
福井さんには家族もいて、時間を捻出するのにそれなりの苦労はあったと推察される。
内心(勝手に)心配していたのだが、本数を重ねるごとに作品の完成度は増していった。
上映会も盛り上がった。

福井さんはそのうち、最近のテレビクルーよりも立派な肩に担ぐカメラを買って来た。
ぼくは「大丈夫かな・・・」と思っていたのだが、杞憂だった。
福井さんは会社員を続けながら、ビデオ制作会社をスタートさせたのである。
会社の名前は「KTEビデオ」。

小規模な怪獣映画を委託制作して販売する会社、ではない。
セミナーなどのビデオを講師の依頼を受けて撮影し、編集し、ダビングして発送まで行う。
経理・税務も会社で培った技術を使ってこなしている。
発送業務などは奥さんの協力も得ていたようだ。
仕事は順調に業績を伸ばし、福井さんは独立した。
(前の会社の経理自体は嘱託でやっているようだ)

これはいわゆる「週末起業」の大成功例だ。
サラリーマンをしていてもお金がなかなか増えないし、自己実現も出来ない。
そういうとき夜や、週末の自由時間を使って好きなことで会社を作ってしまうのが「週末起業」だ。
もっとも、ここまできれいに成功する例はなかなかないだろう。
福井さんは本やセミナーで「週末起業」を提唱している藤井さんの知遇も得て、本にも登場しているようだ。

ぼくの意見では「週末起業」は以下の点がポイントになると思う。

 ・社長になる
 ・好きなことをやる
 ・事務所は作らず、従業員は雇わない
 ・会社はなかなか辞めない
 ・会社で学んだことをポジティヴに生かす

社長になる


いまどき、サラリーマンをやっていても給料も上がらずに生活が苦しいので、副業を持つ人もめずらしくないだろう。
この場合、昼は営業部員をやっているのに夜はファミレスでウェイターを2時間やって帰るというのは、そういう人は実際にいると思うが、楽しくないだけでなく、かなり危険な生活である。
昼も夜も人に頭を下げて、好きでもない仕事を、ただすぐ始められるからやる、というのは、一日中ストレスがたまりっぱなしである。
体力が出て行くばっかりで、何も残らない。
これでは少々お金が一時的にもらえても、つまらないし、ストレスで体でも壊したらモトもコもない。
(ファミレスのウェイターなんかやったら面白いだろうな! と前から思っていた場合は、話は別である。)

昼は社員としてローリスクローリターンの仕事をやっているのだから、夜は社長としてハイリスクハイリターンな仕事を目指すのがバランスがいいだろう。

好きなことをやる


この場合、好きなことを仕事にするのが効率がいい。
とりあえず好きこそ物の上手なれで、技術も高いしニーズも良く読めているという他に、精神的な理由が大きい。
好きであれば、がんばれるのである。
会社でクタクタになるまで働いた後でも、好きなことであればもうひとふん張り出来る。
普通の人が趣味に費やしている時間を、さらに実を結ぶ方向に転用するのだ。

事務所は作らず、従業員は雇わない


好きなことを仕事にすると言っても、なかなか儲かるものではない。
最初は「もしかすると黒字になるかもしれない趣味」ぐらいに捉えていた方がいいだろう。
ということは、あまり投資を行わず(特に責任が発生するアシスタントなどは雇わず)に行うしかないだろう。
チマチマ節約するのも楽しいし、勉強になる。

会社はなかなか辞めない


これも最初に大きなリスクを取らない、ということである。
昼と夜で別の顔を持つ楽しさもある。
昼に定収入があれば、夜は好きなことだけ思い切って打ち込めるという面もある。

会社で学んだことをポジティヴに生かす


最近は「一刻も早く『社畜』暮らしから手を切って『ノマド』で起業しよう!」などという言説を目にするが、ぼくはこれに与しない。

ぼくは会社員暮らしがそれほど嫌いじゃない。
経理のプロとか、営業のプロとか、経営のプロと机を並べている。
これは面白い経験であって、いろいろ学べるものであると素直に思う。

福井さんの週末起業も、サラリーマンとして、経理のプロであったからこその強みがあって出来たことも大きいと思う。



福井さんは技能と社会性と行動力を持ち合わせた人であって、抛っておいても同じような道をたどって起業したと思う。
しかし、上のような経緯であって、ぼくは彼がこのように早く起業したのはぼくのおかげであると勝手に思っている。
すごく簡単にまとめるとオタク同士バカ話をしていて、盛り上がって、自主ビデオの脚本を書いたら、撮影をしてくれた人がビデオ会社を作って独立した、という話だ。
人の人生に影響を与えたと思える、思えば思えるというのは楽しいことだ。

上映会を主催し、自主ビデオを撮影して思ったことは、世の中はやる人やらない人に分かれるということだ。
この違いがどこから来るのか、ぼくにはよく分からない。
とりあえず福井さんは間違いなくやる人であって、ぼくもどうやらその末席に入るらしい。

ぼくはここ数年執筆が不調だが、ちょこちょこと書き継いではいる。
昔と違ってやる気が出ない。
しかし、福井さんの成功と、一緒にビデオを撮っていた焼き付くように楽しい日々のことを思い出すと、少しずつやる気が湧いてくる。

ここまで読んで「俺はやらない人だから」と思っている方もいるかもしれない。
そんなの関係ない。
年齢も、才能も、昨日までやらなかったことも関係ない。
好きなことをちょっとずつ始めればいいのだ。
好きなことだったら別に失敗してもいい。
カーネル・サンダースは40歳からカフェの経営を始めた。
伊能忠敬は56歳から日本地図の測量を始めたのだ。
俺たちもまだまだこれからだよ!

福井さんとは今は会う機会をなかなか見出せないが、今は陽水のカバーバンドを率いて活躍しているようだ。
なーにやってんだか!www



(お知らせ)シリーズ「吾は如何にして兼業作家となりし乎」は、ここでひとまず終わりにします。ご愛読ありがとうございました。

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