イジハピ!

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【第1152回】【映画】「ゲット・アウト」を酷評する

去年(2017年)から社会派の映画、それも、女性や黒人、マイノリティや社会的弱者の権利を主張する洋画をたくさん見た。具体的には、
 *NASAで働く女性の人間コンピューター(計算係)が地位向上を目指す「ドリーム(原題 Hidden Figures)」
 *ユダヤ人の歴史学者が修正主義者と戦う「否定と肯定(原題 Denial)」
 *アメリカの黒人暴動を警察がより苛烈な暴力で取り締まる「デトロイト」
 *アメリカの田舎のおばさんが警察に抗議する「スリー・ビルボード(原題 Three Billboards OUTSIDE Ebbing, MISSOURI)」
 *黒人差別をテーマにしたホラー「ゲットアウト」
 *政権政党の犯罪を新聞が告発する「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書(原題 The Post)」
だ。

20180630get_out

映画としてのデキは「スリー・ビルボード」がダントツで、素晴らしい。
抑圧者にも弱さという動機があり、被抑圧者にも視野狭窄という反省すべき点がある。そして、対立が起こると街には禍々しい魔がいついてしまう、という、単に正義を訴え悪を叩くだけの映画ではなく、社会問題への視線を人間の心の奥底の問題に深めていて、深みがある映画なのにストレートで分かりやすいのが良かった。

スッキリ感動して、俺もガンバルゾーという勇気が出るのは「Hidden Figures」である。だれかに一本、面白いスカッとする映画を教えてよということになると、これになるだろう。

「Denial」と「デトロイト」はイマイチ感動のしどころが分からなかった。歴史的背景を知らないと分からないのだろう。特にデトロイトは見るのがツラい映画だった。

「Denial」は歴史修正主義者、いわゆるトンデモさんが巨悪として出てくる映画で、これは珍しい。巨大資本が動く映画は「科学万能主義」を叩き、トンデモさんにおもねる映画が多いような気がするが、見る側のリテラシーの向上に合わせて映画も変わってきてるのだろうか。

さて、「ゲットアウト」であるが、この映画はぼくにとって相当しょうもない、見ないほうが良かった映画であった。

以下ネタバレを隠す。









ここから完全にネタバレする。

この映画は、黒人の強靭で美しい肉体に偏愛した白人の部落の人々が、黒人の肉体を「脳移植で」手に入れるために、友好を装って黒人を拉致していくという筋立ての、こうまとめてしまえば分かる通りいまどき珍しいB級C級ホラーである。

これに、上に紹介した他の映画のような、多様性を求める人々と旧弊な抑圧社会の戦い、という「社会的な」テーマをまぶしている。
「デトロイト」という映画は、こっちに比べると大層まじめな映画であるが、後半がほとんど黒人に対する白人の執拗な拷問であって、「白人を悪魔化し、黒人を一方的な弱い被害者に置いたホラー、これでは社会問題は解決しない」という酷評があったそうだ。
なぜこの同じ批評が「ゲットアウト」に適用されないのか分からない。(ぼくがそういう批評を見てないからかもしれないが。)

ラストは黒人がなんとか悪い白人を殺して逃げようとするが、そこにパトカーがやってくる。
ああこれで黒人が捕まって終わりか、というバッドエンドを予想したのだが、そこに親友の別の黒人が乗っていてメデタシメデタシ、という取ってつけたような内容だった。
じっさい、もともとはバッドエンドだったのだが「救いがないのは良くない」みたいな話で差し替え、バッドエンドはDVD特典に入っているそうだ。

この映画がアカデミー脚本賞を取っているのにたいそうびっくりした。
どうも、「多様化が流行っているらしい」「昔みたいに単純に白人男性がヒーローでは通らないらしい」ということになって、まずショーバイとして「社会の多様化」ありきで、従来は金髪の白人女性がキャーキャー言っていたホラーやサスペンス、お涙頂戴ものなどが、社会的弱者を主役に置き換えられて、工業的に再生産されているのではないか。
で、そういう映画を、社会問題がまぶされているから批判できず、むしろ褒めなきゃいけない、という話ではないか。
だとしたら、どうにもイヤな風潮だ。



↓↓↓黒人と社会の相克を描く映画としてはこっちが断然オススメ!↓↓↓

【第1151回】【演劇】偏執狂短編集Paranoia Papers IVが超楽しみ!

演劇、それも都内の小劇場で演じられるアングラ演劇を見るのが、ここ数年の楽しみである。
このブログにも劇評のようなものをチョコチョコ書いている。



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【第1149回】【演劇】月蝕歌劇団『女神ワルキューレ海底行』を見た!

2018年3月21日、水曜日、春分の日、ザムザ阿佐谷に、月蝕歌劇団の『女神(めしん)ワルキューレ海底行』を見に行ってきた。
2演目連続公演の2演目目。
マチネ、ソワレ、そしてその間の「詩劇ライブ」の3本ぶっ通し。
月蝕と共に過ごす休日。
今回ダブルキャスト、トリプルキャストが入り組んでいて、20日と21日は湖原芽生さんが「詩劇ライブ」に、21日と22日は帝国軍人、女教師、そして女神の役で(!)紅日毬子さんが出るので、この2人が並ぶところを見たいと思ってこの日を選んだ。
紅日毬子さんは同じザムザ阿佐谷で3月4日まで虚飾集団廻天百眼の『殺しの神戯』に出ていたので、個人的に連続公演ということになる。
阿佐ヶ谷春の毬子まつりだ。

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乗換案内を駆使してちょうど10分前とかに着く予定だったのだが、JRが遅れて開演ギリギリに阿佐ヶ谷に着いた。
それもそのはずでこの日はまさかの雪が降っていた。
後半は雨になっていたのだが、ザムザ入口前の、東京にはめずらしい土の地面はぬかるんでいて、風情が出過ぎていた。
開場開演もオしていて、最前列下手側に滑り込んだ。
推しメンの慶徳ちゃんが数々の細かい笑いを展開する真ん前で良かった。

『ワルキューレ』は、月蝕歌劇団の旗揚げ公演の演目で、同劇団で最も有名な『聖ミカエラ学園漂流記』(未見)、そして笑いがいっぱいでぼくが最も好きな『ネオ・ファウスト地獄変』に続く作品ということだ。
そういえば『ネオ・ファウスト』で最初にものすごいスピードであらすじを映像で紹介していたなー。

『男の星座』は梶原一騎原作の文字通り男の世界、歴史改変などのSF的なアイディアも、セーラー服を来た少女がニホン等を振り回したりする場面もなく、時間軸通りに淡々と進む、あまり月蝕らしくない話だった。
(それを月蝕が、メインキャストがみんな美女で演じるところに月蝕らしい異化作用があったのだが)
一方で『ワルキューレ』はコテコテの月蝕、月蝕月蝕した話だった。

ぼくなんか7年前から月蝕を見出したニワカである。
2011年の『百年の孤独』を、マルケスの原作がどのように演劇化されているのかの興味で見に行ってからだ。
だから、今回33年前に演じられた旗揚げ公演の演目を見て、「月蝕って昔からぜんっぜん変わってないんだなあ」と思ったし、2018年の現代に見てもキテレツでぶっ飛んだ話だなーと思ってつくづく感動した。

あまりにもキテレツな話なのでいろいろ検索して調べたら、この話の骨格がほぼ実話、史実であることに驚いた。
へぇー!!!
その史実、実話を改変しようとする登場人物の苦悩、その背後にあるものの正体が、月蝕らしいワンダー話になっている。
そして現実感のない、少なくとも日常感がない話で、俳優さん女優さんたちがメイチで熱演してるのはつくづく感心した。
おかげでこちらも感情移入でき、最終的にはもらい泣きしてしまう。
芝居を見ているだけで、こちらの想像力も一段拡張される気がする。

「詩劇ライブ」は、J・A・シーザーさん作曲の劇中歌や、思い思いのJポップの曲などを、女優さんがいい意味でユルイ感じで唄う。
歌が上手い人も、味がある人もいていろいろだが、こんかい田原紫音さんという人がエッっていうほど歌がうまくてビックリした。
そして紅日さんと湖原さんがさすがのうまさで、空気がピリッと締まって良かった。
終演後はおふたりにチェキを取ってもらったが、一日にこんな美の信号を処理して脳が破壊しないか心配になった。
楽しさしかない一日。





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